リーガル・レジスタンス 〜ファンタジー世界で立憲国家を求める〜   作:ムササビ・モマ

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第7話『法理の断頭台4』

4 嵐の前の隠れ家(異常な日常と想定問答)

 

 海事組合の正門前で暴徒と化した商人たちがカイルの部隊によって物理的に粉砕され、王都全域がかつてない阿鼻叫喚の恐慌状態に陥っていたその頃。

 

 分厚い石壁と防音の魔導具によって外の喧騒から完全に切り離された海運組合の隠れ家(最上階の執務室)では、まるでそこだけが別の世界線にあるかのように、極めて優雅でゆっくりとした時間が流れていた。

 

 部屋を満たしているのは、怒号や悲鳴ではなく、護衛のルリカがいつもの位置で静かに淹れる極上の紅茶の豊かな香りだけだ。

 ふかふかのソファに深々と腰を沈めたヴィオラは、王都の権力闘争など全く興味がないというように、無心で新たな魔導具の図面に羽根ペンを走らせている。

 

 その向かいの卓では、東の次期当主であるアイリスが、完璧な姿勢で背筋を伸ばし、山のように積まれた利益確定の帳簿に優雅な手つきで目を通していた。

 

「……ねえ、アイリス様」

 ヴィオラが図面から一切目を離すことなく、ふと思い出したかのように尋ねた。

 

「表の通りじゃ、全財産を失ったお貴族様たちが泡を吹いて倒れているそうだけど。……で、貴女は今回の暴落で、結局どれくらい稼いだの?」

「そうですね……ざっと見積もって、北のクロムハルト公爵家の『年間予算』と同額程度、といったところですわ」

 アイリスは、紅茶のカップを手に取りながら、国家の根幹を揺るがす天文学的な数字を涼しい顔で口にした。

 そのあまりにも現実離れした利益額を聞き、ヴィオラはほう、とため息をついて手元の図面を軽く叩く。

 

「へえ。なら、私の魔導具の研究にもっと援助してちょうだいな。あの海を渡る自律型魔導具(魔導船)の改良には、まだまだ莫大な触媒が必要なのよ」

「あら、ヴィオラ様。それはもう手配しておりますでしょ。今回稼いだ額の『倍』の資本は、すでに東の口座を経由して、貴女の研究所へ突っ込んでありますわよ」

 

「……」

 稼いだ額も異常なら、それを一切の躊躇なく技術開発へ再投資する速度も異常である。

 ヴィオラは、一切のブレーキが存在しない論理の女神の果てしない資本投下に呆れ果て、がくりと肩を落とした。

 

「……ああもう、早く領地に帰りたいわ。王都の政治なんて泥臭くて面倒くさいだけじゃない」

「ふふっ。そうおっしゃらず、もう少しだけ殿下の覇道にお付き合いくださいませ、ヴィオラ様」

 外の世界では、彼らが仕掛けた盤面によって大勢の人間が破産し、首を吊り、狂乱の渦に吞まれているというのに。

 

 この部屋にいる彼女たちにとっては、国家の経済崩壊すらも、ただの「日常的なティータイムの雑談」に過ぎなかった。

 そんな狂気的でありながらも穏やかな日常会話を耳にしながら。

 執務デスクに座っていたリュートは、先ほど王宮の使者から届けられたばかりの、蠟封が施された重々しい封書をペーパーナイフで静かに切り開いていた。

 

 封筒に刻まれているのは、中央貴族の最高権力機関――『貴族院』の紋章である。

 中身を一読し、リュートが口角をわずかに上げたのを見て、アイリスが帳簿から視線を上げた。

 

「……ついに来ましたわね、殿下」

「ああ。暴力で僕たちを潰せないと悟った中央の特権貴族どもが、合法的に僕の首を獲るための召喚状(招待状)だ。……遅いくらいだ」

 リュートは、自らを断頭台へと引きずり出すための死の宣告書を、まるでくだらない演劇のチケットでも眺めるかのように卓上へ放り投げた。

 

「いつですの?」

「明日だ。貴族院の総会にて、『参考人招致』という名目で呼び出された」

 アイリスは扇を閉じ、わずかに目を細めた。

「準備はよろしいのですか? 議会という閉鎖空間は、彼らの絶対的なホームグラウンドです。待ち受けているのは、法と詭弁を弄する百戦錬磨の老狸たちですわよ」

 

「問題ない」

 リュートの答えは、短く、そして一切の淀みがなかった。

 彼は椅子の背もたれに深く寄りかかり、両手で浅く指を組んだ。

 

「議会の連中が持ち出してくるであろう過去の判例、法解釈の捻じ曲げ、そして僕を追い詰めるための詭弁。そのすべての『想定問答』は、すでに僕の頭の中で構築が完了している」

 リュートの黒髪から覗く真紅の瞳の奥底に、底知れぬ暗い炎が灯る。

 相手が用意した舞台が「議会の参考人招致」という政治的な吊るし上げの場であろうとも、既存の法解釈を武器に論戦を仕掛けてくる以上、そこは彼にとって己が最も得意とする『法廷』と同義であった。

 

「……法理の罠は完璧に張った。あとは明日、強欲な老害どもが自ら議会に用意された『見えない断頭台』に首を突っ込むのを待つだけだ」

 外の喧騒を完全に遮断した静寂の部屋の中、カチン、とティーカップの触れ合う上品な音が響く。

 すべてを計算し尽くした稀代の知将は、前世からの絶対的な領域たる「法解釈の殺し合い」が幕を開けるのを、ただ静かに、そして冷酷に待ちわびていた。

 

 

 

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