リーガル・レジスタンス 〜ファンタジー世界で立憲国家を求める〜   作:ムササビ・モマ

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第7話『法理の断頭台5』

5 法理の断頭台と、知将の撤退戦(参考人質問)

 

 翌日。王国の旧体制(ルール)を象徴する、重厚な石造りの貴族院議場。

 すり鉢状に配置された百を超える議員席からは、既得権益を脅かされた特権貴族たちの、刺すような敵意と殺気が中央の証言台へと注がれていた。

 

「――王立海事組合の代表、第二王子リュート・セシル・ローゼンタリア殿下。前へ」

 議長であるカルネリア侯爵の厳めしい声を合図に、陸路の関税で長年私腹を肥やしてきた重鎮、バルトフェルト侯爵が立ち上がり、怒号のごとき弾劾を響かせた。

 

「殿下! 殿下の組合が運用している『得体の知れない物体』は、既存の船舶法および関税法を著しく軽視している! 議会の承認も得ず、風を待たず水上を駆けるなど自然の理に反するのみならず、正当な陸路の流通を破壊した! これこそ王国の法秩序を乱す『脱法行為』ではないか!」

 議場から「そうだ!」「横暴だぞ!」という同調の野次が飛ぶ。

 

 だが、証言台に立つリュートは、嵐のような非難を一身に浴びながらも、極めて静かな、ひんやりとした微笑みを浮かべていた。

 

「……侯爵。論理を飛躍させる前に、一点だけ『法的な定義』の確認をお願いしたい」

 リュートの低く、よく通る冷徹な声が、議場の喧騒を冷ややかに撫で斬った。

 

「船舶法第一条によれば、船とは『帆、あるいは櫂を用いて移動する構造物』と定義されています。初代王の時代、内陸の川舟や沿岸の小舟を統制するために作られたこの法律には、外海を渡る動力の概念など存在しない。……翻って、我が組合の移動体は、帆も櫂も備えていない」

 リュートは、法廷で証拠品を提示する法曹のごとく、淡々と事実を並べ立てる。

 

「あれは魔力を動力源とする『自律型大規模魔導具』。すなわち、法的には工芸品や研究機材と同義です。時代遅れの定義に含まれないものに対し、類推解釈で強引に税を課そうとすることこそ、王国の法秩序を破壊する『恣意的な公権力の行使』にあたる」

 明確な文理解釈の壁に阻まれ、バルトフェルト侯爵が言葉に詰まる。

 

 議場がざわめく中、リュートは懐から一葉の羊皮紙――国王から与えられた『特権状』の写しを掲げた。

 

「さらに、皆様が盾になさる関税法。これは本来『国家が整備した既存の公共インフラ(道路や関所)』を利用する者に課される維持費です。我々は地図にない未定義の海域を開拓し、独自の施設を自らの資本で運用している。利用していないインフラに対して税を払えというのは、法理上、全く成立いたしません」

 リュートは声を一段低め、議場全体を支配する圧倒的な威圧感を放った。

 ただの論破ではない。ここからが、彼が用意した『法理の断頭台』の本番であった。

 

「そして現在。この海事組合の収益から、陛下個人の私設金庫へ直接納められている奉納金は、皆様が主張する関税の総計をすでに『二割』上回っております。この特権状は、陛下の利益を最優先する特別法だ。……さて、カルネリア議長」

 リュートは、特権状を議長席へと突きつけ、青ざめる議長とその背後に控える若き子息、エドワルドを見据えた。

 

「この議会は、陛下に対して『王の私設金庫に入る利益を減らし、地方貴族の懐を潤す旧法を優先せよ』という進言をなさるおつもりですか? ……もしそうであるなら、私はこのまま陛下の御前へ向かい、皆様のその素晴らしい『忠義』を、一言一句違わず正確に報告いたしますが」

 議場が、水を打ったように静まり返った。

 

 王の金を奪い、自分たちの懐に入れろと主張すること。それは王権に対する明白な挑戦であり、『国家反逆罪(逆賊)』の烙印を押されることに等しい。

 論理の刃が、完全に彼らの首筋を捉えていた。

 

 だが、既得権益を奪われた怒りで冷静な判断力を失っていたカルネリア議長は、自らの首にギロチンの刃が触れていることにも気づかず、顔を真っ赤にして立ち上がった。

 

「な、なんと非道な詭弁を……! 我らの正当な権利を冒涜する気かッ!」

 議長が、反逆罪を決定づける致命的な反論を口走ろうとした、まさにその瞬間。

 

「――恐れ入りながら、殿下」

 議長の背後に控えていた若きエドワルドが、青ざめた父の前に滑り出るように進み出て、物理的にその言葉を遮り、床に届くほどの深い、完璧な礼法で頭を下げた。

 

「殿下のおっしゃる通り、海事組合の『魔導具』の運用は完全に合法であり、陛下への多大な貢献、我ら貴族院一同、深く感銘を受けております。……父の先ほどの言葉は、急激な市場の混乱に対する、一介の臣下としての老婆心に過ぎません。我らにはこれ以上の疑義を挟むつもりは、毛頭ございません」

 議場が息を呑む。

 

 エドワルドは、リュートが落とそうとした『反逆罪の刃』の軌道を数秒先まで完全に読み切り、父が決定的な言葉を発する寸前でそれを強制的に遮ったのだ。

 自らの特権と莫大な利益を瞬時にドブに捨て、議会の面子すらもかなぐり捨てて、一族の命と立場だけを確実に守り抜く。

 

 完璧な論理のすり替えによる、被害を最小限に抑えた見事な撤退(降伏)宣言であった。

 リュートは証言台から、深く頭を下げるエドワルドの姿を静かに見下ろし、内心で鋭く評価した。

 

『……見事な損切りだ』

 リュートの真紅の瞳が、面白げに細められる。

 感情に任せて喚き散らし、自ら罠に嵌っていく旧態依然とした老害たちとは次元が違う。エドワルドは、相手が提示した法理の絶対的な優位を即座に認め、守るべきコア(一族の存続)のために末端を躊躇なく切り捨てる、極めて冷徹な演算能力を持っていた。

 

『奴は私が仕掛けた殺意の軌道を正確に見切った。エドワルド・シーン・カルネリア……旧体制のルールの中で完璧に機能し、盤面を即座に修復してのける、極めて有能で厄介な番犬か』

 一方で、頭を下げたままのエドワルドの背中にも、冷たい汗が伝っていた。

 

 特権貴族の慢心を利用し、法の文理解釈から逃げ場のない反逆罪の罠へと誘導する、その悪魔のような法廷戦術。エドワルドもまた、目の前の存在がただの王族ではなく、国家の法理を玩具のように操る『規格外の知将』であることを、このたった一度の攻防で完全に骨の髄まで理解したのだ。

 リュートは、目の前の隙のない若き政敵に一瞥をくれ、議場全体に響く声で冷たく微笑んだ。

 

「……左様でございますか。疑義が晴れたようで、安心いたしました」

 一切の流血もなく、最高権力機関である貴族院の重鎮たちを「法」という名の鎖で完全に締め上げ、沈黙させた瞬間。

 そして同時に、リュートの知略とエドワルドの冷徹な損切りが盤面で初めて激突した、新たな頭脳戦の幕開けであった。

 

 

 

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