リーガル・レジスタンス 〜ファンタジー世界で立憲国家を求める〜 作:ムササビ・モマ
3 議場での一網打尽
数日後。王国の旧体制を象徴する、重厚な石造りの貴族院議場。
この日の議会は、先の暴落によって莫大な損失を抱え込んだ特権貴族たちの、醜悪な不満と悲鳴に満ちていた。
「我々の損失をどう補填するつもりだ! 王国経済を支えてきた我々が破産すれば、国が傾くぞ!」
「そうだ! 海運組合という得体の知れない組織が市場を荒らしたのだ。あの組合の資産を差し押さえ、我々の損失補填に充てるべきだ!」
議場の中心で声を荒らげているのは、陸路の関税利権を牛耳り、今回の食糧高騰を意図的に引き起こした主犯格であるバルトフェルト侯爵らの一派であった。
彼らは自らの強欲が招いた結果を棚に上げ、なおも特権階級としての手厚い救済が与えられると信じて疑っていなかった。だが、その旧態依然とした熱気は、議場の重厚な扉が乱暴に蹴破られた瞬間に凍りついた。
「――そこまでにしていただきましょうか」
静まり返った議場に響き渡ったのは、極めて理知的で、氷のように冷酷な声だった。
現れたのは第一王子の側近、エドワルド・シーン・カルネリア。そして彼の背後から、完全武装した近衛騎士団の一個中隊が、雪崩を打って議場へと踏み込んできた。
「なっ……何の真似だ、エドワルド! 神聖な議場に武力など、正気の沙汰か!」
わめき散らす侯爵に対し、エドワルドは眼鏡の位置を静かに押し上げ、懐から国王ゼノンの国璽と第一王子グラクトの署名が入った『断罪の勅令』を突きつけた。
「バルトフェルト侯爵。貴様らは不当に関所を封鎖し、人為的な食糧暴騰を招いた。その結果、何が起きたか理解しているか?」
「な、何を……! 我々はただ、市場原理に基づいた正当な商取引を――」
「黙れ」
エドワルドの冷徹な一喝が、侯爵の言葉を断ち切った。
「貴様らの浅ましい『商取引』の結果、平民の間に王家への不満が渦巻いた。……統治者たる王家の恩寵を疑わせ、その絶対的な完全性――すなわち『王家の品位』を著しく失墜させた。これこそが、貴様らの犯した真の罪だ」
エドワルドは一歩踏み込み、議場全体を凍りつかせるような法理を宣告した。
「関所の封鎖から始まった貴様らの強欲は、巡り巡って王家そのものへの反逆へと至った。王家の品位を削り取った大罪人に対し、もはや貴族としての権利など存在しない。これは第一王子グラクト殿下、並びに国王陛下の裁可を経た決定事項である。弁明の余地はない」
官僚としての事務的な、ゆえに一切の情を挟まない宣告。
エドワルドは、顔面蒼白となる侯爵たちを見下ろし、容赦なく断頭台の刃を落とした。
「王家の品位を汚した『国家反逆罪』により、貴様らの身柄を拘束し、全財産、領地、並びに一切の特権を没収する。当然、貴様らが結んでいたあらゆる保険や損失補填の契約も、反逆罪による公序良俗違反としてすべて『即時無効』だ。……銅貨の一枚たりとも、貴様らの手元には残らん」
「そ、そんな……! グラクト殿下は……殿下は我々を見捨てるというのかァッ!!」
絶叫するバルトフェルト侯爵を、エドワルドは冷たく見下ろした。
「見捨てるのではありません。『使って差し上げる』のです。王家の品位を回復させるための、極上の養分として」
「――拘束しろ」
近衛騎士たちが一切の容赦なく貴族たちを引き倒し、重い枷をはめていく。
悲鳴を上げながら引きずり出されていく特権貴族たちの姿を、残された中立の貴族たちは恐怖に震えながら見つめることしかできなかった。
議場から悲鳴が消えた後。エドワルドは演壇に歩み寄り、完璧に計算し尽くされたプロパガンダを開始した。
「皆様。王家の品位を汚した元凶は、今、グラクト殿下の公正なる裁きによって排除されました。……しかし、殿下の威光はそれだけに留まりません」
エドワルドは声を一段高く、熱狂を煽るトーンへと切り替えた。
「王都の不穏を事前に憂慮されていたグラクト殿下は、あらかじめ内務省に対し、食糧供給ルートの確保を厳命しておられました。国王陛下の特権状を受け、南から大量の食糧を運び込み、市場を正常化させたあの『海運組合』の偉業……あれこそは他でもない、次期国王グラクト殿下の大局的な見地と、慈悲深きご采配によるものだったのです!」
どよめきが議場を包む。リュートが偶然もたらした成果が、エドワルドの冷徹な弁説によって、完全に『グラクトの光』へと書き換えられた。
「殿下は、品位を忘れた悪徳貴族を成敗し、同時に民を救うための手配を完了させておられた。これぞ王の器! これぞ完全なる品位の証明です!」
恐怖は瞬時に熱狂へと変わった。
「グラクト殿下万歳!」
無能な貴族を死肉として喰らい尽くした第一王子は、一夜にして『悪を討ち、民を救う救世主』として、圧倒的な支持を取り戻したのである。
『……盤面は覆った』
熱狂の中で、エドワルドはただ一人冷ややかに思考を巡らせていた。
『残るは……内務省という「影」にいるあの第二王子が、この圧倒的な光の強奪に対して、どう動くかだ』