リーガル・レジスタンス 〜ファンタジー世界で立憲国家を求める〜   作:ムササビ・モマ

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第8話『粛清の覚悟4』

4 完璧な事後報告と手柄の強奪

 

 王宮の端に位置する第二王子離宮。

 装飾を排し、膨大な書類と実務の空気に支配されたその執務室に、第一王子の側近エドワルド・シーン・カルネリアは、一切の油断を排した足取りで踏み入れた。

 執務デスクの奥で彼を出迎えたのは、数日前の貴族院議会において、特権貴族たちを恐るべき法廷戦術で追い詰めた第二王子リュートである。

 

「お忙しいところ失礼いたします、リュート殿下。本日は、先日の食糧問題における『戦後処理』の完了をご報告に上がりました」

 エドワルドは慇懃に、かつ極めて事務的に一礼した。

 

「ご苦労様。先ほど、貴族院からバルトフェルト侯爵たちが引きずり出されたと報告を受けたよ」

「はい。彼らは王家の品位を失墜させた大罪人として、全財産を没収されました。……それに伴い、彼らが海運組合と結んでいた各種契約も、反逆罪による公序良俗違反としてすべて『無効化』いたしました。殿下の組合に、彼らへ支払う義務は一銭も残っておりません」

 リュートは深紅の瞳を静かに細めた。

 

 彼が法廷闘争を用いて合法的に貴族たちを破産させるはずだった盤面を、エドワルドは『王家の品位』という大義名分を用いて、さらに手酷く破壊してみせたのだ。

 

「なるほど。見事な手際だ。……で、本題は?」

 リュートの底冷えのする声に、エドワルドは姿勢を正し、あらかじめ用意していた決定事項を突きつけた。

 

「今回の海運組合による食糧輸送の成果は、すべて『グラクト殿下が事前に暴走を予見し、命じて手配させていたもの』として、すでに公式に発表いたしました。国王陛下、並びに王妃様の裁可も下りております」

「……」

 

「事後報告となりましたこと、深くお詫び申し上げます。しかし、王都の混乱を即座に鎮め、民の不安を払拭するためには、一刻も早く次期国王の威光を示す必要がございました。緊急の措置であったと、どうかご理解いただきたく存じます」

 

 深く頭を下げるエドワルドは、自らが放った言葉の裏で、目の前の第二王子の僅かな反応の変化すら見逃すまいと神経を尖らせていた。

『事態の収拾を急いだから、ではない。私が、議会で底知れぬ法理を見せたこの第二王子を警戒したのだ。……事前に交渉の席を設けた場合、どのような遅滞戦術や見返りを要求されるか読み切れなかった。だからこそ、理屈の通じない「王の裁可」という既成事実で、盤面を固定するしかなかった』

 

 エドワルドは、自らの『実務家としての敗北(恐怖)』を自覚しているからこそ、強引な事後報告に踏み切った。この第二王子がここで怒りを露わにし、決定を覆そうとするなら、全力で排除する覚悟であった。

 だが、リュートの口から紡がれたのは、エドワルドの想定を遥かに超える、極めて冷静な言葉だった。

 

「……構わないよ、エドワルド殿。兄上の威光が盤石となり、事態が収拾されたのであれば、私に異存はない」

「……殿下?」

 

「ただ、もし事前に相談を受けていれば、私は反対したかもしれない。兄上に実務の苦労をさせず、出来合いの成果だけを与えることは、次期国王の『実務教育』という観点から見れば、決して褒められたことではないからね」

 エドワルドの背筋が、ゾクッと粟立った。

 

 リュートは手柄を奪われたことへの個人的な不満など一切口にしなかった。あえて『兄の成長を案じる弟』という、この国において誰も否定できない絶対的な大義名分を用いて、「事前に言われていれば、正当な理由で阻止していた」と、静かに、しかし決定的な牽制を放ったのだ。

 

『……なるほど。こちらの意図を理解した上で、この絶対的な秩序の中では波風を立てず、成果を譲るという合理的な判断を下されたか』

 エドワルドは内心の緊張をわずかに解いた。

 感情に任せて牙を剝くような愚か者ではなく、損得勘定と建前を正確に使いこなす極めて高度な『政治的プレイヤー』。ならば今は、グラクトを支えるための「共闘可能な実務家」として扱うのが最善の選択だ。

 

「……殿下の教育的ご配慮、深く胸に刻んでおきます。今後とも、共にグラクト殿下を支える同志として、内務省の『実務』をよろしくお願い申し上げます」

「ええ。頼りにしているよ、エドワルド殿」

 二人は互いの真意を明かすことなく、極めて静かに微笑み合った。

 

 

 

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