リーガル・レジスタンス 〜ファンタジー世界で立憲国家を求める〜   作:ムササビ・モマ

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第8話『粛清の覚悟6』

6 敗者の末路と、実力主義の拾い上げ

 

 王宮から遠く離れた、王都の商業区の一角。

 南からの食糧を一手に引き受け、今や王都の物流の要所となりつつある『海運組合』の本部前は、この日、凄惨な怒号と悲鳴に包まれていた。

 

「ふざけるな! 契約書には暴落時の損失補填が明記されているはずだ! 金を出せ!」

「我々を誰だと思っている! 名門バルトフェルト侯爵の縁座だぞ! 貴様らのような平民の組合が、特権貴族の財産を掠め取る気か!」

 正面玄関に詰めかけ、血走った目で喚き散らしているのは、先日の貴族院議会でグラクトによって全財産を没収された中抜き貴族たちの残党(一族や配下)であった。

 

 屋敷を追われ、その日のパンを買う金すら失った彼らは、せめて海運組合にかけていた保険金の契約だけでも履行させようと、プライドをかなぐり捨てて押し寄せてきたのだ。

 

 だが、彼らの行く手を阻むように、組合の警備と裏稼業を束ねる青年――カイルが、屈強な組合員たちを背後に従えて冷酷に立ち塞がった。

「お引き取りを。あなた方にお支払いする金は、銅貨一枚たりともありません」

 感情を一切交えない、実務的なカイルの宣告。

 それに激昂した初老の元貴族が、カイルの胸ぐらを摑もうと手を伸ばす。

 

「ふざけるなァ! 契約書があると言っているだろうが! これは不当な契約不履行だぞ!」

「不当、ですか」

 カイルはその手をあっさりと払い除け、冷え切った目で元貴族たちを見下ろした。

 

「あなた方の一族は、王家の品位を失墜させた大罪人として『国家反逆罪』に問われました。王国の法において、反逆者との契約は公序良俗に反するものとして『即時無効』となります。これは不当解約ではありません。正当な法的処理です」

 

「なっ……!」

「それに、当組合の保険は『理不尽な家職喪失や左遷』を保障するものであり、相場の暴落による投機の失敗はそもそも自己責任、完全なる適用外です。……理不尽だと嘆くなら、あなた方が今まで散々甘い汁を吸い、絶対だと崇め奉ってきた次期国王殿下に直訴に行かれてはいかがですか? もっとも、その首と引き換えになるでしょうがね」

 カイルの無慈悲な正論――エドワルドが議会で宣告した「品位のロジック」をそのまま盾にした返答に、元貴族たちは絶望に顔を歪めた。

 

 彼らが縋ってきた「血統」や「特権」というルールは、より巨大な「王家の品位」という暴力の前に完全に無力化されていたのだ。

「叩き出せ。営業の邪魔だ」

 カイルが顎をしゃくると、組合員たちが物理的な力をもって泣き喚く元貴族たちを門前へと突き飛ばし、冷酷に排除していく。

 

 自分たちが平民の男たちにゴミのように掃き出されるという現実に直面し、ある者はその場に泣き崩れ、ある者は虚勢を張って呪詛を吐きながら去っていった。

 だが、カイルはその哀れな敗者の群れから視線を外さなかった。

 

『……権力の炎に焼き払われ、血統という幻想が完全に灰になった者の中から、現状を正確に把握し、プライドを捨てられる頭のある奴だけを拾い上げろ、か』

 脳裏に蘇るのは、主である第二王子リュートからの冷徹な指示である。

 

 やがて、カイルの鋭い観察眼が、絶望して泣き喚く大人たちの中で、ただ静かに立ち尽くしている数名の若者たちを捉えた。

 彼らはバルトフェルト侯爵家の末端に連なる子弟たちでありながら、自らの親たちが喚き散らす姿を冷ややかな諦観の目で見つめ、すでに「自分たちが完全に詰んでいること」を理知的に理解している顔付きをしていた。

 

「……そこのお前たち」

 カイルが声をかけると、数名の若者たちはビクッと肩を震わせ、歩み出てきた。

 その中の一人、眼鏡をかけた利発そうな青年が進み出ると、かつての特権貴族としての矜持を完全に殺し、カイルに向かって深く、躊躇いなく頭を下げた。

 

「……保険金など、支払われないことは理解しています。我々の家門はもう終わりだ。ですが……生きるためには、パンを稼がねばならない」

「……」

 

「文字の読み書きと、ある程度の算術はできます。下働きで構わない。……我々を、この組合で雇っていただけないでしょうか」

 血統という古い看板を自ら叩き割り、労働力という実利を提示して生き残ろうとする意志。

 それを見たカイルの口元に、凶悪だがどこか歓迎するような笑みが浮かんだ。

 

「いいだろう。採用だ」

 予想外の即答に、若者たちが呆然と顔を上げる。

「た、助けて、くれるのですか……?」

「勘違いするな。ここは慈善事業じゃない。お前たちが使えそうだから、俺の部下としてコキ使うために拾ってやるだけだ」

 カイルは彼らに背を向け、組合の本部へと歩き出しながら、肩越しに冷徹に宣告した。

 

「今日からお前たちに家柄はない。あるのは、どれだけ組合に利益をもたらすかという『労働の成果』だけだ。実力主義(ここ)の末端従業員として、せいぜい死に物狂いで足搔いてみせろ」

 すべてを失った敗者の末路。

 

 しかし、その死肉の中から、リュートが敷いた『成文法と契約』の世界に適応できる知力を持った者たちだけが、新たな国家の歯車として、容赦なく拾い上げられていくのであった。

 

 

 

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