リーガル・レジスタンス 〜ファンタジー世界で立憲国家を求める〜   作:ムササビ・モマ

217 / 316
第8話『粛清の覚悟7』

7 不満爆発の協会長と官僚の正論

 第一王子グラクトの苛烈な粛清は、王都の空気を一変させた。

 バルトフェルト侯爵らから没収された莫大な財産は、すべて「平民参加型・王家主催の大オセロ大会」の賞金および運営費として還元されることが大々的に告知された。

 

 無能な悪徳貴族の死肉を喰らい、その血肉(富)を遊戯という名の熱狂に変えて民へと分け与える。この計算し尽くされたプロパガンダにより、王都はグラクトへの絶対的な称賛と、大会への異常な熱気に包み込まれていた。

 四大公爵家をはじめとする要人たちも、次期国王の威信を示すこの一大政治ショー(天覧試合)の観戦のため、続々と王都の本宮へと集結しつつあった。

 だが、その熱狂の裏側。本宮の一角に設けられた『王立オセロ協会本部室』において、重厚な扉を震わせるほどの甲高い怒声が響き渡っていた。

 

「冗談じゃないわ! 私は忙しいのよ! どうして私が何日もあんな退屈な試合の特別解説席に座らなきゃならないの!」

 激怒して図面を叩きつけているのは、西のクロムハルト公爵家令嬢であり、王立オセロ協会長を務めるヴィオラであった。

 

 彼女の目の前には、第一王子の側近であるエドワルドが、一切の感情を排した氷のような表情で静かに立ち尽くしている。

 

「私はただ名前を貸しただけ。実務や大会の進行なら、協会の役員たちにやらせればいいでしょう!? 私の技術(オセロ盤の量産と魔導具化)がなければ、そもそもこの大会の規模は成立しなかったのよ! なのに、開発の時間を削ってまでグラクト殿下の横で飾り物になれと言うの!?」

 声を荒らげるヴィオラの胸中には、単なる時間の浪費に対する不満以上の、極めてどす黒い感情が渦巻いていた。

 

『冗談じゃない。誰が、あの男の横で微笑んでなどやるものか』

 ヴィオラの脳裏に焼き付いているのは、恩人であり、心の師匠と慕った第二側妃ルナリアの凄惨な死である。

 

 ルナリアを殺したのは、グラクトの有能な右腕であったセオリスだ。だが、ヴィオラにとって真に憎むべきは、己の狂犬の手綱すら握れず、暴走を見過ごした末に、保身のために一切の責任を切り捨てたグラクトの「底知れぬ弱さと無責任さ」であった。

 

『ルナリア様を見殺しにし、己の無謬性(綺麗な経歴)だけを守ろうとした卑怯者。そんな男が、他人の成果(オセロ)と没収した金で王の器を気取っている。……反吐が出るわ』

 個人的な憎悪と、ルナリアの遺言である「実力を磨くこと」への焦り。それらが入り混じり、ヴィオラは婚約者候補としての建前すら投げ捨ててエドワルドに食って掛かっていた。

 

 だが、冷徹なる官僚は眼鏡の奥の瞳を細め、ヴィオラの感情的な主張を、完璧な『為政者のロジック』で一刀両断した。

 

「……お言葉ですが、ヴィオラ嬢。貴女の主張は、一介の技術者としては正しくとも、王立オセロ協会長であり、グラクト殿下の『婚約者』という立場にある貴族としては、明確に間違っております」

 

「なんですって……!」

「グラクト殿下は、この大会を単なる遊戯として開催されるわけではありません。没収した富を循環させ、民の不満を逸らし、王家の威信(品位)を再構築するための『極めて高度な政治装置』として運用しておられるのです」

 エドワルドの言葉は冷たく、そして絶対的な正論であった。

 

「次期国王たる殿下が、反逆者の血肉を用いて国家の安定を図る。その隣に、遊戯の普及に貢献した公爵令嬢が寄り添い、共に王家の慈悲を演出する。……これは国家の統治機構において必要不可欠な『義務』です」

 

「っ……それは……」

「貴女が個人の魔導具開発を重んじるのは勝手ですが、それはあくまで『私事』に過ぎません。グラクト殿下は今、次代の王として国家の安定という『公事』を回しておられる。その公事を投げ出し、自らの研究という私欲を優先しようとする貴女の振る舞いこそ、婚約者として、そして貴族としてあるまじき無責任な我儘です」

 完璧な論理による叱責。

 

 ヴィオラはぐっと言葉に詰まり、唇を強く噛み締めた。

 グラクトの行動は、人治国家の次期国王としては一切間違っていない。民を慰撫し、秩序を保つための完璧な政治的采配だ。

 対して自分は、ルナリアへの個人的な恩義とグラクトへの私怨、そして「技術」という個人の力に固執するあまり、貴族としての義務(盤面の体裁)を完全に放棄しようとしていた。

 

『……悔しいけれど、エドワルドの言う通りだわ。ここで私が公の義務を投げ出せば、ただの感情的な子供に成り下がる。それでは、リュート殿下と共にこの腐った盤面をひっくり返すことなど、到底不可能……!』

 ヴィオラはルナリアが教えてくれた「自由には責任が伴う」という言葉を脳内で反芻し、自らの個人的な感情に冷や水を浴びせた。

 

 グラクトへの嫌悪感が消えたわけではない。だが、今はまだ、この男の隣で「完璧な婚約者」の仮面を被り、義務を果たす実力(したたかさ)を示さねばならないのだ。

 

「……分かりました。私が間違っていたわ、エドワルド殿」

 ヴィオラは大きく息を吐き出し、乱れたドレスの皺を優雅な所作で整えた。先ほどまでの激昂は噓のように消え去り、そこには冷徹な計算式を組み直した西の公爵令嬢の顔があった。

 

「王立オセロ協会長として、そしてグラクト殿下の婚約者として、天覧試合の解説席には全日程、完璧な笑顔で同席させていただきます。王家の威信を示すという『政治的義務』、必ず果たしてみせましょう」

「賢明なご判断に感謝いたします。では、手配を進めさせていただきます」

 ヴィオラが理に服したことを確認し、エドワルドは恭しく一礼して部屋を去った。

 一人残された協会本部室で、ヴィオラは壁に立てかけられた巨大なオセロ盤の『黒石』を指先でそっと撫でた。

 

「……今は、存分に王の器を気取って光り輝いていればいいわ、グラクト殿下。でも、盤面は最後に必ず裏返る」

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。