リーガル・レジスタンス 〜ファンタジー世界で立憲国家を求める〜 作:ムササビ・モマ
3 儀式執行と「兄」への憧れ
王宮・「天光の間」。
天井から降り注ぐ光が、金箔の柱を輝かせ、床の白大理石に長い影を落としている。
謁見の間は静まり返り、国王ゼノン、王妃マルガレーテ、第一側妃ヒルデガード、第二側妃ルナリア、第三側妃ソフィア、そして多くの官僚・廷臣たちが息を潜めて見守っていた。
中央に立つグラクトは、七歳の華奢な体に重厚な礼装を纏い、金髪金眼を静かに輝かせている。
その前に跪くのはセオリス・デイル・ゼノビア、九歳。筋肉質で大人びた体躯は、年齢を忘れさせるほど堂々としていた。
グラクトはゆっくりと宝剣を抜く。
装飾過多な剣身が光を反射し、会場に淡い虹を散らす。儀式の作法通り、剣をセオリスの肩へ下ろす――が、重さに耐えかね、手元がわずかに狂った。
刃がセオリスの首筋を浅く切り裂き、赤い血が一筋、ゆっくりと流れ落ちる。
会場が一瞬、凍りついた。
これは「王子の失敗」――王家の品位に関わる重大な事態。ソフィアの口元に、嘲笑とも取れる薄い笑みが浮かびかけた、その瞬間だった。
セオリスは微動だにせず、痛みなど感じていないかのように大声で叫んだ。
「申し訳ございません!! 未熟な私が、高貴なる御剣の軌道を読み違え、無作法にも体を動かしてしまいました! この傷は、私の不徳の致すところです! どうかグラクト様、お許しください!!」
実際には、セオリスは一ミリも動いていなかった。だが、彼は「グラクトは絶対である」という洗脳に従い、迷いなく「自分が悪い」と定義したのだ。
痛みなど関係ない。グラクトの品位を守るためなら、この傷すら「自分の不徳」として引き受ける。
ヒルデガードは満足げに小さく頷いた。
「見事な覚悟ですこと……」
グラクトは一瞬、動揺した。金色の瞳が揺れ、剣を持つ手が震える。
しかし、教師の言葉が脳裏に蘇る。
(これが……王の品位……彼は僕を守ってくれているんだ)
グラクトは震える手を隠し、厳かに告げた。
「……許す。セオリスよ、その忠誠、しかと受け取った。余の剣となれ」
セオリスは満面の笑みを浮かべ、深く頭を下げた。
「はっ!! ありがたき幸せ!! グラクト様のためなら、この命、いつでも捧げます!!」
会場から拍手が巻き起こった。
「見事な君臣の義だ!」
「神の子の寛容さと、ゼノビアの忠義……素晴らしい!」
官僚たちは感嘆の声を上げ、ソフィアは扇子で口元を隠して静かに息を吐いた。ヒルデガードは優雅に微笑み、王妃マルガレーテは複雑な表情で黙っていた。
儀式が終わり、謁見の間から退出する回廊。
人気がなくなったところで、グラクトはセオリスの首の傷をそっと見つめた。
「……痛くはないか? 本当は、僕の手が滑ったのに……」
子供らしい顔で尋ねるグラクトに、セオリスはニカっと笑った。
「へっちゃらです! グラクト様につけてもらった最初の勲章ですから! それに、グラクト様が謝るなんてありえません。僕が悪いんです!」
その屈託のない笑顔と、自分を絶対的に肯定してくれる強さに、グラクトは強烈な憧れを抱いた。
(すごい……この人は、僕の失敗すら『勲章』に変えてくれた。僕も、この強い背中に相応しい王になりたい)
グラクトは決意を込めて言った。
「セオリス、僕にもっと剣を教えてくれ。君のように強くなりたいんだ」
セオリスは目を輝かせ、胸を叩いた。
「もちろんです! グラクト様が強くなったら、僕ももっと強くなって守ります! 一緒に、絶対無敵になりましょう!」
こうして、グラクトはセオリスを「兄上」と呼び、剣術の訓練を増やした。
知性や疑う心よりも、「武力」と「情緒的な絆」を重視する道へ。それは、リュートが進む「論理」と「観察」の道とは決定的に異なる、王者の――しかし傀儡としての――道であった。
回廊の窓から差し込む光が、二人の影を長く伸ばした。
神の子とその盾は、まだ知らない。
この純粋な絆が、未来の宮廷をどう歪めていくかを。