リーガル・レジスタンス 〜ファンタジー世界で立憲国家を求める〜   作:ムササビ・モマ

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第9話『品位の道化5』

5 大会のフィナーレと、偽りのパレード

 

 数日間にわたり王都を熱狂の渦に巻き込んだ『大オセロ大会』は、ついにフィナーレの時を迎えていた。

 特設された巨大な舞台の上で、西のクロムハルト公爵家令嬢ヴィオラが、自らの魔導技術を駆使して創り上げた『ガラスと光のトロフィー』を優勝者へと授与する。

 その隣で、第一王子グラクトは次期国王としての完璧な威光を放ち、優雅に拍手を送っていた。

 

「見よ! 我らが次期国王、グラクト殿下万歳!」

「悪徳貴族を成敗し、我らにパンと娯楽を与えてくださった光の御子に、祝福を!」

 広場を埋め尽くす数万の平民たちが、熱狂的な歓声と拍手をグラクトへと浴びせる。

 

 王都の食糧危機を救い、私腹を肥やした貴族を粛清し、その財産を民へと還元した。その無傷で輝かしい功績に、民衆は彼を「絶対的な救世主」として崇め奉っていた。

 だが、万雷の拍手を浴びながら完璧な微笑みを浮かべるグラクトの胸の内は、ひどく冷たく、どす黒い自己嫌悪の炎に焼かれていた。

 

『……救世主、か。笑わせる』

 グラクトは、歓声を上げる民衆の顔を見下ろしながら、腹の底から這い上がるような己への憤りを嚙み殺していた。

 この大会を開催するにあたり、グラクトは「王都の物流と資金の流れを、自らの手で完璧に管理・運営する」と意気込んでいた。次代の王として、実務の泥を被り、国を回すという事の重さを自らの血肉とするために。

 

 しかし、現実は残酷だった。

 内務省から上がってくる莫大な物流の数字、商人たちとの緻密な折衝、王都の警備兵の配置と予算の擦り合わせ。それら『実務』の波に直面した瞬間、グラクトは自分が何一つ具体的な指示を出せないという「己の無能さ」を骨の髄まで思い知らされたのだ。

 

 血統と品位、剣術と歴史しか学んでこなかった彼には、国家という巨大な機構を『算盤と契約』で動かすための基礎教養(実務能力)が決定的に欠如していた。

 結局、膨大な実務のすべてを完璧に処理し、この大会を成立させたのは、側近のエドワルド・シーン・カルネリアであった。

 

 エドワルドはグラクトの無力を責めることすらなく、「殿下はただ、舞台の上で美しく微笑んでおられればよろしいのです。泥仕事はすべて私が片付けます」と、極めて官僚的な冷徹さで実務を取り上げた。

 

『……南からの食糧手配は、リュートが裏で組み上げた流通網(手柄)をエドワルドが強奪したもの。この大会の運営も、すべてエドワルドが書いた台本通り。……私は何一つ、自分の力で民を救ってなどいない』

 グラクトは、熱狂の裏で己がただの「空っぽの神輿」に過ぎないという事実を、冷徹なまでに自覚していた。

 

『家臣の功は主君のもの。それが王族の「品位」であり、後で別の形で恩賞を与えればよいと、これまでは信じて疑わなかった。だが……他者の成果で着飾り、血統という御旗を振るうだけの空っぽな神輿に、真の高貴さなど宿るはずがない』

 グラクトの胸の奥底で、彼自身も気づかぬうちに『品位』という言葉の定義が変容し始めていた。

 

 血統によって無条件で与えられる特権ではなく、自らの手で泥を被り、実務を回し、自らの力で功を上げて民を導くことのできる『本物の実力』。それを持たぬまま歓声を浴びる己の姿は、今のグラクトにはどうしようもなく卑小で、醜悪に思えたのだ。

 

「……グラクト殿下。間もなく、優勝者たちとのパレードの馬車が出発いたします。……どうか、最後まで『完璧な王』であられますよう」

 隣に立つヴィオラが、扇で口元を隠したまま、氷のように冷たい声で囁いた。

 彼女もまた、この熱狂の欺瞞に気づき、グラクトを軽蔑している者の一人だ。

 グラクトは小さく息を吸い込み、強く、ギリッと奥歯を嚙み締めた。

 

『私自身の無能さを嘆き、ここで顔を伏せるのは、ただの子供の我儘だ。エドワルドが台本を書き、民が私に光を求めるというのなら……私は己の無力にどれほど絶望しようとも、与えられた「絶対的な光」という役目だけは、這いつくばってでも完全に全うして見せる』

 今はまだ、この圧倒的な無力感と悔恨に耐え、与えられた道化を演じ切るしかない。だが、いつか必ず自らの力で功を上げ、この空っぽな体に『真の品位(実力)』を宿してみせる。

 

 その血を吐くような決意を胸の奥底に封じ込め、グラクトは観衆に向けて、太陽のような完璧な微笑みを放った。

「さあ、行こうか! この熱狂と豊かさを、王都の隅々にまで届けよう!」

 グラクトの声に、民衆の歓声が爆発的に跳ね上がる。

 

 装飾が施された豪奢な馬車に乗り込み、グラクトは王都のメインストリートへと繰り出す。

 沿道から降り注ぐ花びらと、割れんばかりの称賛の声。

 偽りのパレードは、無力な次期国王の胸に冷たい刃を突き立てながら、最高潮の熱狂の中をゆっくりと進んでいくのであった。

 

 

 

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