リーガル・レジスタンス 〜ファンタジー世界で立憲国家を求める〜 作:ムササビ・モマ
4 南の獅子の参戦
北への出立を決めたその日の夜。
王都の隠れ家で、装飾の一切ない実戦用の粗末な革鎧と剣だけを荷袋に詰めていたリュートの元に、南のヴィレノール公爵家次期当主たる親友、ライオネルが姿を現した。
彼の片手には、何枚もの羊皮紙の束(設計図)が握られている。
「……夜分に悪いな。東の当主代行殿に、南の農業効率化に向けた『新しい商談』を持ち込みに来たんだが……どうやら、とんでもない夜に来ちまったらしい」
ライオネルは図面をアイリスの机に置きながら、呆れたような、しかしどこか嬉しそうな深い笑みを浮かべた。
「それは?」
「西のヴィオラ嬢から買い取った、新型の農業用魔導具の設計図だ」
ライオネルは肩をすくめ、西の合理主義を体現する令嬢とのやり取りを口にする。
「あいつ、『西の工房で製造させると、兄が〇・〇一ミリの誤差も許さないオーバースペックな代物にしてしまって採算が合いません。設計図は渡すので、量産と製品化は東の工房に丸投げしてください』って言い切りやがった。西が設計し、東が作り、南が使う。南へ向かう空荷の魔導船にこれを積んで、帰りに食糧を積めば、互いに完璧な利益が出るだろうってな」
「……見事な合理性だ。西の技術と東の資本、そして南の食糧を直結させる完璧なスキームじゃないか」
リュートが南の次期当主としてのライオネルの有能な立ち回りを高く評価すると、ライオネルは「まあな」と短く笑った。だが、その直後、彼の琥珀色の瞳からスッと商人の顔が消え、南の獅子たる猛禽の眼差しへと変わった。
「だが、盤面(ビジネス)の話はここまでだ。……アイリス殿から聞いたぜ。理屈が通じないなら、自ら最前線の死地に潜り込んで『現場の血』を被ってくるんだってな」
ライオネルはゆっくりと部屋の奥へ足を踏み入れ、壁に立てかけられていた己の愛槍を手に取った。南の豊穣な大地で、領民と共に汗を流し、土に塗れて麦を育ててきた男の、太く力強い指先が柄を強く握りしめる。
「俺たち南の人間が、温かい太陽の下で豊かに作物を実らせ、笑って歌えるのは……どこの誰が、極寒の北で魔物の牙からこの国を守ってくれているからだ? 俺は、南の民を愛している。だからこそ、俺たちの平穏を血と肉で担保してくれている北の連中が、最前線で何を背負って死んでいっているのか……為政者になる前に、俺自身の目で見ておかなきゃならねえ」
そして、ライオネルは愛槍を肩に担ぎ、リュートの前に歩み寄った。
「それに、南の温かい領地で綺麗な服を着てふんぞり返っているだけの俺に、お前と一緒に新しい国を創る資格はない。……親友が泥に塗れに行くってのに、俺だけ安全圏で待っているわけにはいかねえだろ?」
それは、ただの若さゆえの友情ではない。
南の民の命を背負う為政者としての重い責任感と、共に旧体制を破壊する共犯者としての、血よりも濃い誓いであった。
「……死ぬかもしれないぞ、ライ」
「冗談を言うな。俺たちはすでに、一緒に断頭台へ登って笑って死ぬ覚悟を決めた仲だろうが」
不敵に笑うライオネルの前に、リュートもまた、王族の作り笑いではない、一人の戦友としての静かな笑みを浮かべた。
二人は無言のまま、互いの拳を力強く突き合わせる。
東の次期当主テオドールに加え、南の次期当主ライオネル。
安全な王都で特権に守られていたはずの若き為政者たちは、リュートという劇薬に当てられ、自らの足で本物の地獄(北の最前線)へと歩み出す覚悟を、ここに完了させたのであった。