リーガル・レジスタンス 〜ファンタジー世界で立憲国家を求める〜   作:ムササビ・モマ

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第8話『王家の歪1』

1 儀式の解剖(離宮のサロン)

 

 離宮の居間は、柔らかな午後の陽光がレースのカーテンを通して差し込み、穏やかな空気を醸し出していた。暖炉の火が静かに揺らめ、テーブルの上にはルリカが淹れた温かな紅茶が湯気を立てている。そこに集う四人は、まるで小さな家族のように寄り添っていたが、今日の話題は王宮の冷たい現実だった。

 

 ルナリアは優雅にソファに腰を下ろし、息子と娘、そして侍女を交互に見つめた。彼女の黒髪が光を吸い込むように深く、赤い瞳にはいつもの穏やかさと、帝国育ちの鋭さが混在していた。

 

「それで、リーゼ。あの儀式、どうだったの? 初めての『臣従の儀』でしょう?」

 ルナリアの問いかけに、リーゼロッテは小さな手を膝の上で握りしめた。六歳の少女は、プラチナブロンドの髪を三つ編みにまとめ、離宮のゆったりとしたドレスを着ていた。だが、その金色の瞳には、昨日の記憶が影を落としていた。

 

「怖かったわ、お母様……。セオリス様は、グラクト兄様の剣で首筋を切って血を流していたのに……『私が動いたからだ』って叫んだの。グラクト兄様は謝らなかった。あれが『忠誠』なの? どうしてセオリス様は、そんな嘘を……?」

 リーゼロッテの声は震え、幼いながらも恐怖と混乱がにじみ出ていた。彼女は王宮で育ったが、母ヒルデガードの冷遇ゆえに、こうした儀式の裏側を深く知らなかった。

 

 ルリカがそっと少女の肩に手を置き、安心させるように撫でた。

 

「リーゼ様、落ち着いてください。あの場は……本当に、恐ろしいものでしたね。私も、帝国では見たことのない光景でした」

 ルリカの灰色の髪が揺れ、黒い瞳に忠誠の光が宿る。十五歳の侍女は、ルナリアの側近として帝国から共に来た身。彼女の言葉はいつも控えめだが、心からのものだった。

 

 リュートは窓辺の椅子に座り、静かに耳を傾けていた。八歳の少年は、黒髪と赤い瞳が「影」の象徴のように映る。だが、その表情は年齢不相応に冷静で、前世の記憶がもたらす冷徹な視線が、部屋の空気を引き締めていた。彼は紅茶のカップを置くと、淡々と口を開いた。

 

「あれが、この王国の基本だよ、リーゼ。あの儀式は、ただの忠誠の誓いじゃない。王族――つまり上位者は、絶対に間違わない。もし間違いが起きたら、それは下位者の『品位不足』や『不徳』に変換されるんだ。セオリスは、そのルールを完璧に演じて見せた。血を流したのは彼のミスじゃない。グラクト兄様の剣が『正しく』振るわれた結果さ。セオリスが動いたから、傷ついた――そう言い張ることで、王子の無謬性を守ったんだ」

 リュートの言葉は、まるで法典を読み上げるように論理的だった。リーゼロッテは目を丸くし、兄の顔を見つめた。

 

「でも、兄様……セオリス様は本当に動いてなかったわ。グラクト兄様の剣がずれただけなのに……どうして、そんな風に言えるの? 事実じゃないのに」

 ルナリアが微笑み、娘の頭を優しく撫でた。彼女の声は優しいが、帝国の実力主義の厳しさが底流にあった。

 

「リーゼ、よく聞いておきなさい。この国は、帝国の実力主義とは違うの。あんな茶番、帝国なら即刻失格よ。でもここでは、あれが『正解』。事実は重要じゃないの。誰が品位を保ったか――それがすべてよ。王族の威厳が傷つかないよう、下位者がすべてを被る。それが、この王国の秩序なの」

 ルナリアの言葉に、部屋が静まり返った。リーゼロッテは小さな唇を噛み、兄と母の教えを反芻した。幼い心に、王宮の歪んだルールが刻み込まれていく。

 

「……わかったわ。お母様、兄様。私がもし同じ目に遭ったら……『事実』じゃなくて『正解』を選ぶわ。品位を保つために、嘘だって言えるようにする」

 リュートは妹の決意に、わずかに目を細めた。

 

 それは伏線だった。直後の事件で、彼女がこの教えを実践する時が来ることを、彼はまだ知らなかった。

 ルリカが紅茶を注ぎ足し、四人はしばし沈黙を共有した。離宮の平穏は、こうして王宮の影を映す鏡のように、静かに続いていた。

 

 

 

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