リーガル・レジスタンス 〜ファンタジー世界で立憲国家を求める〜   作:ムササビ・モマ

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第1話『箱庭への出陣2』

2 離宮の首脳会議と、解き放たれる凶刃

 

 王都の裏路地にある隠れ家。

 アイリスの執務室に、離宮陣営の中枢を担う者たちが集結していた。

 リュート、ライオネル、アイリス。そして、王都の裏盤面を回すリーゼと、彼女を護衛するルリカの五名である。北の最前線に残留したカイルの姿はここにはない。

 

 分厚い防音の扉が閉ざされた室内で、リュートは静かに、しかし凄惨な実感をもって北の最前線で見た『現実』を共有した。

「……今年のアイギス領の死亡率は三パーセント。王都の内務省では、ただそれだけの数字として処理されていた。だが、実際の戦場でその数字を構成していたのは、際限なく押し寄せる魔物の物量と、防衛線を維持するためにすり潰されていく、我々と同じ血肉を持った兵士たちの命だった」

 リュートの言葉に、隠れ家の空気が重く沈む。

 

 王都の安全な会議室で政治家たちが声高に語る「北の防衛」と、実際の戦場で流されている血の量は、あまりにもかけ離れていた。

 

「王都の盤面だけでは、国は変えられない。現場の血の重さを知らない政治は、ただの傲慢な空論だ」

 その血を吐くようなリュートの言葉に、皆が深く頷いた。

 彼らはもう、机上の数字だけで命を計るような中途半端な子供ではない。

 

「……お兄様が北で本物の血肉を知り、王の器を完成させておられる間、私も王都の盤面で『手足』を育てておりましたわ」

 重い静寂を破り、リーゼが手元の書類をテーブルの中央へと滑らせた。

 この半年間、彼女が王都の海運組合と孤児院を回して進めていた『学園への工作』の成果報告である。

 

「学園の入学試験に成功した人材は計八名。内訳は、没落貴族出身の組合員が二名。孤児出身の特待生が一名。そして、東の資金による一般入学枠でねじ込んだ孤児が五名です。……彼らは学園内で、お兄様の『声なき手足』として多数派工作に動きますわ」

 リーゼは完璧な微笑みを浮かべ、書類の中から特に優秀な二名の履歴書を抜き出した。

 

「一人は、孤児出身の少年。特待生枠を勝ち取っただけあり、記憶力と計算能力に極めて優れています。いずれ内務省に入るための官僚科志望です。そしてもう一人は、第一王子の派閥争いで没落させられた下級貴族の娘です。彼女は、親から受け継いだ家名を一代で失わぬため、幼い頃から死に物狂いで勉学を続けてきた執念の秀才ですわ」

 リュートは、彼らの名前と経歴が記された書類を一枚ずつ手に取り、その文字をじっと見つめた。

 

 かつての彼なら、これを「優秀な駒が八つ手に入った」とだけ認識していただろう。だが、北の地獄で兵士の死に直面した今のリュートにとって、彼らは決して使い捨ての『人数』ではない。

 己の人生と家名を懸けて這い上がろうとする、顔のある『人材』だった。

 

「……見事な手腕だ、リーゼ。彼らの覚悟、私が必ず盤面で活かしてみせよう」

 リュートは書類を置き、妹の完璧な成果を称賛した。

 そして、傍らで音もなく控えている黒曜石のような瞳の侍女――ルリカへと視線を向けた。

 

「王立学園の規則により、生徒への従者の同伴は原則として禁じられている。最大の『盾』であるカイルを北に残してきた以上、手薄にはなるが……どうせ学園という箱庭の中には、護衛を連れて入れない」

 王家が思想統制を行う箱庭に、外部の武力を介入させないための規則。

 

 だが、そのルールはリュートにとって、最強の暗殺者を王都の闇へ完全に解き放つための最高の大義名分でもあった。

 

「私が学園という箱庭に籠もっている間……王都の離宮と孤児院の防衛は、すべてルリカに任せる。頼むよ」

 王族としての命令ではなく、家族としての絶対的な信頼を込めた頼み。

 その言葉を受け、ルリカは静かに、しかし一切のブレがない動作で深く頭を下げた。

 

「……御意に」

 かつて帝国で泥に塗れていた自分を救い出し、家族として愛してくれた母ルナリア。

 ルリカの胸の奥底には、彼女の遺した弟妹と、彼らが守ろうとする居場所を死守するという、狂気にも似た使命感が燃え盛っている。

 

 光の当たる学園の表舞台は、リュートが法と論理で戦い抜く。

 ならば、法の届かぬ王都の泥の中は、自分がすべて掃除するまで。ルリカは静かに顔を上げ、その冷たく鋭い刃を研ぎ澄ませていた。

 

 

 

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