リーガル・レジスタンス 〜ファンタジー世界で立憲国家を求める〜   作:ムササビ・モマ

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第1話『箱庭への出陣5』

5 内務省での報告と、退屈な誘い

 

 王立学園の入学式を翌日に控えた昼下がり。

 王都の中心に位置する内務省の重厚な執務室にて、リュートは長官クラスの高官を前に、分厚い視察報告書を提出していた。

 

「――以上が、北の最前線およびアイギス領の現状報告です」

 リュートの口から語られるのは、極寒の死線で流された血の臭いなど微塵も感じさせない、極めて無味乾燥で官僚的な報告であった。

 

 報告書を受け取った高官は、そこに記載された整然たる数字と論理的な防衛線の分析に満足げに頷く。

 

「ご苦労様でした、殿下。自ら北の泥を視察されたその見識、内務省としても高く評価いたします。……して、アイギス公爵との『和解』の感触はいかがでしたかな?」

 

「特段の進展はありません。あちらはあくまで北の防衛に専念する構えであり、中央の派閥争いには与しないという姿勢を崩しませんでした。今後の経過次第、といったところでしょう」

 

 東の無条件援助という莫大な『実利のパイプ』を裏で繫いできた事実を完全に隠蔽し、リュートは涼しい顔で噓を吐く。

 高官は「あの北の頑固者め」と苦笑し、手元の書類をトントンと机で揃えた。

 

「ところで殿下。明日から殿下もいよいよ学園生活に入られますが……内務省としては、殿下に一つ大きなお役目をお願いしたい」

「役目、ですか」

 

「ええ。今年度の学園には、殿下をはじめ、東のアイリス嬢、南のライオネル殿、西のヴィオラ嬢と、四大公爵家の次期当主がこぞって入学されます。これまでのように各公爵家と個別に実務の折衝を行うより、学園内で彼らと直接言葉を交わせる殿下に『公爵家との専用窓口』となっていただきたいのです」

 高官の言葉は丁寧だが、要するに「気難しい公爵家の子息たちとの面倒な根回しや書類仕事を、すべてリュートに丸投げする」という官僚特有の責任転嫁であった。

 

 しかし、リュートにとってそれは望外の――いや、事前に完璧に計算し尽くした通りの展開だった。

 

「承知いたしました。学園内に与えられる私のサロンを実務の拠点とし、内務省からの書類はすべて私が責任を持って各公爵家へ通達・調整いたしましょう」

 

「おお、引き受けてくださいますか! さすがは実務に長けた殿下だ」

 高官が安堵の笑みを浮かべる。

 

 彼らは気づいていない。公爵家と中央政府を繫ぐ「情報と実務のパイプ」をリュート一人に独占させるということが、国家の血液(意思決定)をリュートの掌の上で完全にコントロールさせる致命的な失態であることに。

 

 気を良くした高官は、ふと声を潜め、探るような視線をリュートに向けた。

 

「実務へのご献身、誠に頼もしい限り。……つきましては殿下。我が家にも、殿下と同じ歳になる娘がおりましてな。学園には通っておりませんが、よろしければ一度、お茶でもいかがかと……」

 

 それは、実務能力の高い無害な第二王子を、自陣営に取り込もうとする露骨な政略結婚の探りだった。

 

 権力の頂点を目指すのではなく、便利な実務家として囲い込もうという浅ましい打算。リュートは内心で氷のように冷たく嗤いながら、表面上はどこまでも謙虚で、完璧な「無害な王子の仮面」を被って微笑んだ。

 

「身に余る光栄ですが、お断りさせていただきます。……私は明日から、自らの学業と、何より次期国王となられるグラクト兄上を『影』としてお支えすることにすべてを捧げる覚悟です。個人の幸福を追求する余裕など、今の私にはございません」

 第一王子への絶対的な忠誠と、己の分を弁えた完璧な返答。

 

 高官は「これは失礼を」と引き下がりながらも、その瞳には『やはりこの影の王子は、権力欲のない扱いやすい実務の駒だ』という明白な見下しの色が浮かんでいた。

 内務省の重厚な扉を出て、リュートは一人、王都の空を見上げる。

 

 無能な官僚たちは、自分が押し付けた書類の山が、やがて彼ら自身の首を絞める強固な『法』にすり替わることなど想像もしていない。

 

「……さあ、すべての準備は整った」

 王都の盤面、公爵家の手綱、そして法を執行するための大義名分。

 

 必要な手札をすべて懐に忍ばせ、若き怪物は静かに開戦の笑みを深めた。いよいよ明日、王家が誇る巨大な思想統制の箱庭へと、彼らはその足を踏み入れる。

 

 

 

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