リーガル・レジスタンス 〜ファンタジー世界で立憲国家を求める〜   作:ムササビ・モマ

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第2話『グラデーション1』

1 箱庭の階層

 

 王立学園の広大な大講堂。

 高い天井にステンドグラスの光が差し込む厳粛な空間で、王国全土から集められた新入生たちの入学式が執り行われていた。

 整然と並べられた座席の配置は、ローゼンタリア王国の社会構造そのものを残酷なほど明確に可視化していた。

 

 最前列の中央には、新入生代表にして王国の次期国王たる第一王子グラクト・アルバ・ローゼンタリア。その隣には、正妃となるべく完璧な淑女の佇まいを保つ西の次期当主ヴィオラリア・オルネ・クロムハルト。

 

 そのすぐ背後には、第二王子リュート、東の次期当主アイリス、南の次期当主ライオネルが並ぶ。

 そこから後方へ向かって、上位貴族、中位貴族、下位貴族と続き、家格が下がるにつれて座席の位置も後退していく、完璧な「身分のグラデーション」が形成されていた。

 

 そして、講堂の最後尾――薄暗い壁際の一角に押し込められるようにして、平民の特待生たちが座っている。

 

 真新しい制服に身を包んだ彼らの姿勢は、緊張で不自然なほどに強張っていた。前方に座る王族や上位貴族の背中を見つめる彼らの視線には、純粋な『尊敬』、特権階級に対する絶対的な『恐怖』、そして、この学園で顔色を窺い、家名を勝ち取って成り上がらねばならないという『打算』がどろどろに混じり合っている。

 

 その平民席の中には、リーゼロッテが王都の裏側から送り込んだ孤児出身の特待生たちの姿もあった。彼らは周囲の空気を探るように静かに息を潜めている。この箱庭において、上位者の「品位」という名の空気を読むことこそが、彼ら平民の唯一の生存条件であった。

 

 壇上からは、国王ゼノンと王妃マルガレーテが、その身分の階層を満足げに見下ろしていた。

 彼らにとって、この光景こそが王国の盤石なる正統性であり、目前に並ぶ若者たちは、王権に絶対の忠誠を誓う次代の支配階層を再生産するための装置に過ぎない。

 やがて、厳かなファンファーレと共に、グラクトが壇上へと進み出た。

 

「――新入生を代表し、王家への忠誠と、この学び舎での研鑽を誓います」

 淀みない完璧な声。洗練された所作。

 

 第一王子グラクトの放つ「光の象徴」としての威光は圧倒的だった。誰もが認める王の器の青年に、並み居る新入生たちも、見守る貴族たちも羨望の溜息を漏らす。

 

 王妃マルガレーテは、自らが心血を注いで育て上げた完璧な作品の姿に深く頷いた。だが、リュートだけは、その華々しい演説が、かつてのような『ただ与えられた台本をなぞるだけのもの』ではないと見抜いていた。

 

 パレードでの一件以降、自らの意志で民心を引き寄せようとする為政者としての微かな、しかし決定的な熱。リュートはそれを静かに観察し、己の裏の盤面を隠すための『絶対的な神輿』として、これ以上ないほど強固に仕上がりつつあることを冷徹に評価していた。

 

 グラクトの挨拶が終わり、万雷の拍手が鳴り止むと、続いて在校生代表の答辞がアナウンスされた。

 

「在校生代表、ベアトリス・ロギア・アイギス」

 静寂の中、壇上に上がったのは、北の武神の血を引く一つ年上の女将軍だった。

 豪奢なドレスなど着飾らず、厳格な制服を纏った彼女の立ち姿は、王都の温室で育った学生たちとは根本的に次元が違っていた。

 

「……学園は、己の無知を知り、国を背負う重さを学ぶ場だ。知識に驕らず、特権に酔わず、それぞれが果たすべき義務を見極めよ」

 その言葉は短く、無愛想なほどに簡潔だった。

 

 だが、北の地獄で魔物の返り血を浴び、数万の領民の命と引き換えに「切り捨てる決断」を下し続けてきた彼女の言葉には、何者にも代えがたい圧倒的な『重み』が宿っていた。

 

 血生臭い死線の現実を知る者の凄みに当てられ、大講堂の空気は水を打ったように静まり返る。

 その厳粛な静寂の中、リュートとライオネルは、互いに視線を交わすことなく小さく頷き合った。

 

 あの極寒の雪原で彼女と共に泥に塗れ、共に命の対価を背負った者だけが共有できる、確かな共鳴。

 圧倒的な光で民心を惹きつける第一王子と、死線を潜り抜けた北の将軍。そして、彼らを見上げる平民たちの恐怖と打算。

 

 それぞれが全く異なる思惑と、決して越えられぬ『身分』を抱えたまま、思想統制の箱庭における波乱の一年が、厳かに幕を開けたのであった。

 

 

 

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