リーガル・レジスタンス 〜ファンタジー世界で立憲国家を求める〜   作:ムササビ・モマ

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第8話『王家の歪2』

2 暴発する「光」と、少女の仮面

 

 王宮の魔法修練場は、石畳の広い円形広場で、周囲を高い壁と魔力結界が囲んでいた。午後の陽光が降り注ぎ、空気中に微かな魔力の粒子が舞う。標的となる石像が並び、魔導教師の厳しい視線の下で、今日の訓練が行われていた。

 

 グラクトは八歳とは思えぬ自信たっぷりの表情で、セオリスを伴って中央に立っていた。セオリスは十歳の少年で、ゼノビア侯爵家の嫡男。武門の血筋らしく、すでに剣士らしい体躯を備え、グラクトの側近として忠実に付き従っていた。

 

「グラクト様、今日の魔法は完璧です! あなたは神の子、絶対に失敗などしません!」

 セオリスの声は熱狂的で、無根拠な称賛がグラクトの耳に心地よく響く。グラクトの金髪金眼が輝き、万能感に満ちた笑みを浮かべた。彼は初歩の火球魔法――ファイアボール――を試みることにした。初級とはいえ、大人顔負けの膨大な魔力を杖に集中させる。

 

「見てろ、セオリス! 僕の炎を!」

 グラクトの声が響き、魔力が渦を巻く。だが、幼い彼の制御はまだ未熟だった。放たれた巨大な火球は標的を大きく外れ、弧を描いて修練場の端へ飛んだ。

 

 そして、そこへ見学に来ていたリーゼロッテの足元に着弾した。

 爆発音が響き、炎の余波が少女のスカートの裾を焦がした。リーゼロッテは爆風でバランスを崩し、地面に転倒した。幸い直接の直撃は免れ、大きな怪我はなかったが、煤けた頰と焦げた布地が、事故の深刻さを物語っていた。

 

 リーゼロッテは六歳。プラチナブロンドの髪が乱れ、金色の瞳に一瞬の恐怖が閃いた。

 彼女は母ヒルデガードに呼び出され、この訓練を見学するよう命じられていたのだ。実母からの冷遇に慣れていたとはいえ、突然の炎に心臓が激しく鼓動した。

『どうして……兄様の魔法が、こんなに……』

 周囲が凍りつく中、グラクトの顔が青ざめた。

 

「あ、危ない……! 僕は……」

 彼は本能的に謝ろうとしたが、セオリスが素早く前に出た。セオリスの目には、グラクトの無謬性を守るという使命が宿っていた。

 

「リーゼロッテ様!! 何故そこに立っておられたのですか!!」

 セオリスの怒鳴り声が修練場に響く。周囲の魔導教師や侍従たちが息を呑んだ。セオリスの論理は、王国の歪んだ常識に完全に則っていた。

 

「グラクト様の魔法は完璧だった。それが逸れたのは、貴女がそこに立ち、王子の集中を乱すような『品位のない気配』を発したからだ!」

 滅茶苦茶な理屈だった。リーゼロッテはただ見学していただけだ。事実として、グラクトの制御ミスが原因だった。だが、この王国では事実など二の次。魔導教師もヒルデガードの影響を恐れ、王子に恥をかかせまいと沈黙した。空気が「リーゼロッテが悪い」という方向に傾き、少女は孤立した。

 

 リーゼロッテの心臓が早鐘のように鳴った。転んだ地面が冷たく、煤の臭いが鼻を突く。恐怖が胸を締め付け、涙が込み上げそうになった。

 

『お母様……兄様……どうしたら……』

 しかし、彼女の脳裏に離宮での会話がよみがえった。あの穏やかな居間で、ルナリアとリュートの言葉が鮮やかに再生される。

 

『事実は重要じゃない。誰が品位を保ったか――それがすべてよ』

『王族は間違わない。下位者がすべてを被る』

 リーゼロッテは深呼吸し、内なる恐怖を押し殺した。

 

 六歳の幼い心に、成長の兆しが芽生えていた。かつて実母ヒルデガードから「不完全な出来損ない」と罵られ、価値を否定され続けた彼女は、離宮で初めて「そのままの自分」を肯定された。そこで学んだのは、無条件の愛だけではない。生き抜くための「仮面」の被り方だった。リュートの論理的思考とルナリアの厳しい教えが、彼女の心を鋼のように鍛え始めていた。

 

 彼女はゆっくりと立ち上がり、焦げたスカートを払うこともせず、優雅に膝を折ってカーテシーを行った。声は震えを抑え、完璧な王女の演技を纏っていた。

 

「……申し訳ございません、グラクト兄様。わたくしの未熟な魔力制御が、兄様の高貴な炎の軌道を歪めてしまいました。お怪我はありませんでしたか?」

 完璧な「正解」だった。自分の非を認め、兄の失敗を「外部干渉――妹の不徳」として処理した。

 リーゼロッテの内面では、葛藤が渦巻いていた。

 

『本当は、兄様のミスなのに……でも、これで品位が守られる。離宮の教え通り……私は、強くなるわ』

 この瞬間、彼女は単なる被害者から、システムを操る「学習者」へと成長した。幼いながらも、王宮のルールを逆手に取り、自己防衛の術を身につけたのだ。プラチナブロンドの髪が陽光に輝き、まるで彼女の内なる強さが表出するようだった。

 

 グラクトはホッとした表情を浮かべ、王者の顔を取り戻した。

 

『なんだ、僕のミスじゃないんだ。リーゼが邪魔したからか』

 彼は鷹揚に頷き、慈悲深い声で言った。

 

「……次は気をつけるのだぞ、リーゼ。余の炎は国を守るためのものだからな」

 セオリスも満足げに頷き、グラクトを称賛した。

 

「さすがグラクト様、慈悲深い!」

 リーゼロッテは内心で安堵しつつ、仮面を崩さず、優雅に頭を垂れた。彼女の声は穏やかで、完璧な従順さを装っていたが、心の中では静かな決意が燃えていた。

 

『はい、兄様。でも、次は私が気をつけるわ……このルールを、もっと上手く使って、離宮を守るために』

「かしこまりました、グラクト兄様。わたくしの不徳をどうかお許しくださいませ。兄様の高貴なお力で、この国をお守りくださいますよう」

 彼女の言葉は、表面上は完璧な謝罪と忠誠の表明だった。周囲の視線が和らぎ、魔導教師がようやく息を吐く。

 

 こうして、歪んだ「品位」の茶番は幕を閉じた。リーゼロッテは内心の葛藤を抑え、成長の痛みを胸に秘めながら、静かに立ち位置を整えた。

 

 柱の陰から一連の出来事を見守っていたリュートは、妹の演技にわずかな誇らしさを覚え、静かに歩み出た。だが、それは次の出来事への橋渡しとなる。

 

 

 

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