リーガル・レジスタンス 〜ファンタジー世界で立憲国家を求める〜 作:ムササビ・モマ
3 影の多数派工作
入学式の喧騒から遠く離れた、学園の特別棟の一室。
王族専用として与えられた豪奢なサロンに、リュート、アイリス、ライオネルの三人が人目を避けて集まっていた。内務省からの書類が運び込まれるこの部屋は、学園内における彼らの完全な『実務拠点』である。
ほどなくして、サロンの扉が音もなく開き、真新しい制服に身を包んだ八人の生徒たちが密かに合流した。
リーゼロッテが王都の組合と孤児院から送り込んだ、リュートの「声なき手足」たちである。
王立学園に入学できる平民は、莫大な学費を払える富裕層の者か、あるいは貴族すら凌駕するほどの圧倒的な頭脳を持つ『特待生』の二種類しか存在しない。
彼らの先頭に立つ小柄な少年、テトラは後者だった。孤児院でリーゼの教育を受け、群を抜く記憶力と計算能力で特待生の座をもぎ取った、平民の実働部隊のリーダーである。
そのテトラのすぐ背後には、同じく特待生枠で入学した没落貴族の令嬢が控えていた。
特権意識に凝り固まったこの学園において、貴族が平民の孤児に従うなど本来はあり得ない異常事態だ。だが、彼女は親から受け継いだ家名を存続させるため、血統というプライドを完全に捨て去り、実力と知性で勝るテトラの指示に絶対の服従を誓っていた。
さらにその後ろには、東の資金による一般入学枠でねじ込まれた孤児院の上位五名が、感情を殺した暗殺者のような気配で整列している。
血統ではなく、純粋な『実力と役割』だけで序列が構成された集団。それこそが、リュートがこの箱庭に持ち込もうとしている新しい秩序の雛形であった。
「……到着しました、殿下」
テトラが一切の無駄を省いた動作で一礼する。リュートは深く頷き、すぐさま彼らに最初の任務を言い渡した。
「よく来てくれた。早速だが、君たちに『調査』を頼みたい」
リュートはサロンの窓から、広大な学園の敷地を見下ろした。
「式典後の廊下や共有施設を見て、すでに察しているとは思うが……この学園には、明文化された規則が存在しない。あるのは、上位貴族の『品位』という名の暴力だけだ」
テトラをはじめとする八人の生徒たちは、静かに耳を傾ける。
「まずは、この学園を支配している『見えない規則』をすべて洗い出してほしい。調査対象は、食堂の不自然な席順、図書室の利用実態と私有化、上位貴族がどのような特権を振りかざして平民や下位貴族を圧迫しているか。そして、それらを見て見ぬふりをする教師たちの態度だ」
「現状の把握が先決、ということですね」
テトラがリュートの意図を正確に汲み取り、確認する。
「その通りだ。どのような理不尽な圧力が存在し、誰が不満を抱えているのか。そのデータを正確に集積しなければ、奴らの特権を解体するための『学則』は編めない」
リュートは振り返り、彼らの目を見据えた。
「決して表立って争うな。お前たちはただ、記録するだけの『影』であれ」
「御意」
テトラが短く応え、背後の七人に目配せをする。
彼らは足音一つ立てることなく、理不尽と特権が支配する学園の無法地帯へと、影のように散っていった。
残されたサロンの中、アイリスが扇をゆっくりと開きながら、満足げに微笑んだ。
「優秀な手足ですこと。没落貴族の令嬢が平民の孤児に従う姿など、本宮の大人たちが見れば卒倒しますわね」
「ああ。だが、あれが本来の『組織』の正しい姿だ」
リュートは冷徹に言い切った。
事実の収集が揃えば、いよいよ彼ら自身の定めたルールで、この箱庭を制圧する時が来る。