リーガル・レジスタンス 〜ファンタジー世界で立憲国家を求める〜   作:ムササビ・モマ

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第2話『グラデーション4』

4 法治の箱庭と、啓蒙のサロン

 

 テトラたち実働部隊が影のように散った後、サロンにはリュート、ライオネル、アイリスの三人が残された。

 

 分厚い防音扉が閉ざされた密室で、リュートは円卓の中央に視線を落とし、今後の『統治実験』の壮大な骨格を語り始めた。

「彼ら実働部隊の調査結果を待ち、まずはこの学園の無法地帯を縛るための『規範(学則)』を明文化する。そして、その学則を運用する組織として『生徒会』を、取り締まるための『風紀官』を創設する。……トップに据えるのは、もちろんグラクト兄上だ」

 

「神輿を最前線に立たせるわけか」

 ライオネルが腕を組み、面白そうに喉を鳴らした。

 

「だが、ただ規則を作って取り締まるだけでは、上位・中位貴族の反発を招くだけだぜ。あいつらは『規則』よりも『品位』が上だと本気で信じているからな」

 

「だからこそ、いずれは規則違反者を公の場で裁く『学園裁判』を立ち上げる。そして、その裁判の判決をもとに、生徒たち自身に議論を交わさせる『サロン』も創設する。……品位という曖昧な暴力ではなく、成文法によって思考する次世代の官僚(我々の味方)を、この箱庭で育てる啓蒙計画だ」

 既存の価値観を根本から塗り替える、恐るべき思想的侵略。

 

 だが、ライオネルは為政者としての現実的な視点から、冷水を浴びせるように指摘した。

 

「理想は完璧だが、焦るなよリュート。王侯貴族のガキ共に『法による裁き』なんて概念を浸透させるには、一年やそこらじゃ絶対に足りねえ。今年の段階で『学園裁判』まで持ち込むのは不可能だ」

 

「ああ、分かっている。今年はあくまで、その裁判を可能にするための『大義名分』と『土台』を作るための準備期間だ。……現在のローゼンタリアにおいて、国王は国家の最高権力者であると同時に、最終裁判所の裁判官(司法の長)でもある」

 リュートの言葉を受け、アイリスが扇をピタリと止め、その意図の深淵を覗き込むように目を細めた。

 

「……なるほど。次期国王たるグラクト殿下が、学園という箱庭で『司法の長として裁く練習』をする。王家の権威付けとして、本宮も絶対に反対できない完璧な大義名分になりますわね」

 

「その通りだ」と、リュートは頷く。

 

「グラクト兄上をトップに据えれば、学則も生徒会も、王家の正統な品位の下で守護される。我々はその後ろに隠れて、実務だけを完全に掌握すればいい」

 完璧なロジックだ。だが、ライオネルが腕を組み、最大の懸念を口にする。

 

「その『生徒会』とやらを立ち上げるには、知将……エドワルドを丸め込む必要がある。あの男はグラクトの側近中の側近だ。得体の知れない提案に、そう簡単に乗ってくるか?」

 

 ライオネルの現実的な疑問に、今度はアイリスが扇を閉じて深く頷いた。かつて離宮で、リュートがエドワルドに完全にしてやられた瞬間を共有した彼女の瞳には、かつてないほどの鋭い警戒の色が浮かんでいた。

 

「ライオネル様の仰る通りですわ。……殿下、エドワルド様は極めて有能で、危険な男です。かつて食糧輸送の一件で、一切の交渉を省いた『王家の裁可による事後報告』という人治の暴力で強制終了させた者です。殿下の口から出る甘い提案に、猛毒が仕込まれていることなど即座に看破するはずですわ」

 

「ああ。私もあの男を微塵も侮ってはいない。二度と彼を、官僚の枠組みで推し量るような愚は犯さない」

 リュートは己の過去の失態と、最大の政敵の知性を高く評価し、その上で冷徹な笑みを深めた。

 

「だが、エドワルドが『有能』であり、かつ『グラクト兄上への忠誠心』を持っているからこそ……奴は私の差し出す毒杯を、自らの実務能力で解毒できると計算し、飲み干すしかない」

 

 リュートはアイリスたちには決して明かさぬ国家機密――ルナリア暗殺の件で、グラクトの王位継承権が『学園卒業時の評価』まで凍結されているという事実――を胸の奥底で反芻した。王家の最大の恥部であるこの制裁条件は、他家の次期当主たちに軽々しく共有できる情報ではない。

 

 聡明なエドワルドは、現状の第一王子陣営が「王位継承の危機」にあることを完全に理解しているはずだ。彼らは今、何が何でもグラクトに『次期国王にふさわしい圧倒的な功績と威信』を稼がせなければならない、極度の飢餓状態にある。

 

「私はエドワルドに直接進言する。『生徒会を創設し、明文化された学則を敷くことで、グラクト殿下の統治能力と品位を学園の内外に知らしめることができる』と。エドワルドは私の意図を疑い、裏の盤面を警戒するだろう。だが同時に、彼らはこの『生徒会という権力と実績の器』を喉から手が出るほど欲している」

 リュートの深紅の瞳に、盤面を操る支配者の絶対的な光が宿る。

 

「彼ら自身の飢餓感と、実務を回せるという傲慢なまでの自信が、彼らを突き動かす。……グラクト兄上の首を絞めるためのロープ(学則)を、知将自身に編み込ませるんだ」

 

「なるほど。相手の有能さと窮状を利用した、逃げ道のない盤面(ダブルバインド)というわけか」

 ライオネルが獰猛な笑みを浮かべ、首を鳴らす。

 

「ならば、ライ、アイリス。君たちには、四大公爵家の次期当主という立場を利用して、生徒会の『役員』として中枢に食い込んでもらうぞ」

「承知いたしました。東の権威と実務能力、存分に利用して差し上げますわ」

 

「南の武力も任せておけ。風紀官として、規則に従わねえ貴族共を力ずくで黙らせてやる」

 学園裁判という最終目標を見据え、その前段階である『生徒会』と『学則』の制定へ向けた緻密な逆算。

 

 かつての敗北を糧に、敵の警戒と有能さすらも自らの盤面に組み込む。冷酷な若き怪物たちによる、箱庭の統治実験の骨格がここに決定した。

 

 

 

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