リーガル・レジスタンス 〜ファンタジー世界で立憲国家を求める〜   作:ムササビ・モマ

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第3話『共鳴1』

1 柔和な仮面と、極秘の接触

 

 身分という名のグラデーションが明確に可視化された入学式から、数日が経過した。

 リュートはその間、「将来、国家の屋台骨を支える有用な人材を探す」という表向きの理由を掲げ、広大な学園内を精力的に視察して回っていた。

 

 教室、図書室、騎士科の訓練場、そして食堂。

 彼はどこへ赴いても、上位貴族から末端の平民特待生に至るまで、身分を問わず分け隔てなく穏やかな笑みで話しかけた。近寄りがたい第一王子グラクトの姿を見慣れていた生徒たちにとって、リュートのその態度は新鮮な驚きをもって受け止められ、学園内にはまたたく間に「柔和な第二王子」という評判が広がり始めていた。

 

 王妃マルガレーテの忠実な目と耳である教師たちもまた、その視察の様子を好意的に記録していた。

 

『第二王子殿下は、次期国王たるグラクト殿下の治世を支えるため、身を粉にして学園の状況把握に努めておられる。兄君を補佐する、極めて献身的で無害な弟君である』と。

 

 リュートが意図的に振り撒いた「柔和な仮面」は、王妃の警戒を解き、彼を実務の駒として組み込もうとする大人たちの傲慢な色眼鏡に、完璧に合致していたのである。

 

 だが、その献身的な視察の裏で、リュートの冷徹な眼差しは常に『ある一点』の接触機会を探っていた。

 次期王妃候補、ヴィオラリア・オルネ・クロムハルト。

 

 あの日、式典の最中に『日本語』の概念をこぼした彼女との、誰の目にも触れない絶対的な密室での対話である。

 しかし、学園という箱庭において、それは極めて困難で危険な綱渡りだった。

 

 次期国王の正式な婚約者であるヴィオラと、王位継承権を持つ(とはいえ忌み子とされる)第二王子リュート。この二人が人気のない場所で密会している現場を誰かに見られでもすれば、瞬く間に「不義密通」という致命的なスキャンダルに仕立て上げられる。それは、西の公爵家と離宮陣営の双方に、王妃からの無慈悲な粛清の口実を与える最悪のエラーとなる。

 

 だからこそ、リュートは東と南の次期当主の力を借り、学園の裏側で完璧な「隔離空間」を構築した。

 

「……南棟の旧館へと続く回廊、教師一人の巡回ルートを南の連中にわざと騒ぎを起こさせて変更させましたわ。これで十の刻(夕刻)まで、この区画に近づく者は誰もいません」

 旧館の入り口に立つアイリスが、扇で口元を隠しながら静かに報告する。彼女が東の権力と情報網で人の流れを完全にコントロールし、ライオネルが南の武力を散らして物理的な人払いと見張りを担う。

 

 四大公爵家の半数を私兵として動かすこの鉄壁の連携により、学園の最奥に位置する『使われていない旧図書室』は、完全に外界から切り離された密室へと変貌していた。

 

「ありがとう、アイリス。……ここからは私一人で行く」

「ええ。お待ちしておりますわ、殿下」

 アイリスの優雅な一礼を背に受け、リュートは旧図書室の重厚な扉を開いた。

 

 埃の匂いと、夕陽の差し込む薄暗い空間。無数に立ち並ぶ本棚の奥、ぽつんと置かれた長机の前に、すでに西の次期当主が一人で腰を下ろしていた。

 

 ヴィオラは、王妃の監視の目を抜け出し、極秘の呼び出しに応じたというのに、その顔には一切の不安も動揺も浮かべていなかった。彼女は、王妃教育で叩き込まれた一切の隙がない「完璧な令嬢の微笑み」を顔面に貼り付け、静かにリュートを見据えていた。

 

「……このような人気のない場所へのお呼び出し。第二王子殿下は、よほど私にお聞かせしたい『重要な実務のお話』がおありのようですわね」

 どこで誰が聞いているとも知れないことを警戒した、完璧な建前の挨拶。

 

 リュートは背後の分厚い扉を自らの手で静かに、そして確実に閉ざし、鍵を下ろした。重い金属音が密室に響き渡り、二人の間の空間から、学園の喧騒が完全に遮断される。

 

 彼は振り返り、深紅の瞳でヴィオラの完璧な仮面を真っ直ぐに射抜いた。

 探り合いなど必要ない。すでに確証は得ている。彼は、この世界の人間が絶対に口にすることのない、極めて異質な「概念」を単刀直入に突きつけた。

 

「……ヴィオラ嬢。君は、『日本』を知っているね?」

 その一言が落ちた瞬間。

 ヴィオラの顔面に張り付いていた完璧な令嬢の微笑みが、ピキリと音を立てて凍りついた。

 

 

 

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