リーガル・レジスタンス 〜ファンタジー世界で立憲国家を求める〜   作:ムササビ・モマ

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第3話『共鳴2』

2 転生者の証明と、前世の経歴

 

 旧図書室の密室。

 リュートの口から放たれた『日本』という異質な単語に、ヴィオラの顔に張り付いていた完璧な令嬢の微笑みが、ピキリと音を立てて凍りついた。

 

 彼女の呼吸が浅くなり、警戒で身を強張らせる。その姿を確認したリュートは、自らの分厚い仮面を外し、この世界に転生して以来、一度も口にすることのなかった「かつての故郷の言語」を極めて流暢に紡ぎ出した。

 

『……入学式って、同じなのね。あの一言で、君が同郷だと確信した。無理もない、この退屈な起立と着席の繰り返しは、現代日本の体育館で嫌というほど経験してきた儀式だからな』

『あ……、え……?』

 ヴィオラの深翠の瞳が見開かれる。

 

 彼女の全身を縛り付けていた「次期王妃としての品位」という名の強靭な糸が、プツンと音を立てて切れた。ヴィオラは膝から崩れ落ちるようにして長椅子にへたり込み、両手で顔を覆った。

 

『……はぁぁっ……。嘘でしょ……マジで……? あんた、日本人だったの……?』

『ああ。ずっと一人で、この理不尽な世界を生き抜いてきたのだろう。よく耐え抜いたな』

 リュートは静かに歩み寄り、前世の論理と倫理観を共有できる唯一の同郷者へ向けて、自らの素性を完全に開示した。

 

『前世の僕は、法廷に立つ実務家(法曹界の人間)だった。法律という名のルールを解釈し、論理と証拠で社会の盤面をひっくり返す仕事だ。年齢は……三十代半ばまで生きた』

『弁護士か、検察官……。なるほどね、どおりで……』

 ヴィオラは深く息を吐き出しながら、納得したように天井を仰いだ。

 

 彼女がかつて王宮の鳥籠で絶望していた際、リュートが提示した『灰かぶり姫のスキーム(大衆心理と王宮のルールを逆手に取った合法的な抜け道)』。あの、血も涙もないが極めて精緻で逃げ道のない論理構築は、法律という究極の言語を操るプロフェッショナルであればこそ為せる業だったのだ。

 

『……僕の素性は明かした。次は君の番だ、ヴィオラ』

 リュートは冷徹な為政者の顔を保ちながらも、その深紅の瞳で彼女の「有用性」を正確に測ろうとしていた。

 

『君が東の隠れ家で提示した、記憶と演算を物理的に分離した設計図……あれは、単なる机上の空論を弄ぶ大学の基礎研究者のものではなかった。君の思考の根底には、理論を現実の規格に落とし込み、実際にモノを組み上げて動かした経験のある「現場の泥臭さ」がある。前世の経歴は何だ?』

 

 町工場の職人と、大学の最先端研究室では、持っている技術のレイヤーが全く違う。この世界の代替技術を用いて、どこまでのインフラを物理的に構築できるのか。リュートにとって、彼女の限界値の把握は今後の国家転覆計画における最重要課題であった。

 

 ヴィオラは顔から手をどけ、かつての自信に満ちた、生粋の理系女子としての顔つきで真っ直ぐにリュートを見返した。

 

『私、高専(高等専門学校)の電気情報工学科の学生だったのよ。十五歳からずっと、回路設計とかプログラミングとか、ハードとソフトを物理的に繋いで動かす実践的なモノづくりばっかりやってきたわ』

 その言葉を聞いた瞬間、リュートの脳内で完璧な演算が弾き出された。

 

(高専……! なるほど、純粋な理論物理学の象牙の塔ではなく、十五歳から実践的な工学と実装技術を徹底的に叩き込まれる実務技術者の揺り籠か。だからこそ彼女は、この世界の「魔法」という未知の現象を恐れることなく、ただの『新しいプログラミング言語』と『物理エンジン』として即座に再定義し、現実の魔導具として組み上げることができたのだ)

 

 理論だけでなく、手を動かしてハードウェアを構築できる実践的技術者。

 これ以上ない、最強の物理的基盤(インフラ)の構築者であった。

 

『……驚いたな。実務に特化した若きエンジニアか。僕が求めていたパズルのピースとして、これ以上なく完璧だ』

 リュートの偽りない評価に、ヴィオラは長椅子から身を乗り出し、これまでの鬱憤を晴らすように声を荒らげた。

 

『完璧じゃないわよ、もっと早く言ってよね! オセロ協会のダミー申請の時、わざわざ「術式の固定化を避けるために」とか、この世界に合わせたファンタジーっぽい理由を捏造して設計図書くの、すっごく面倒だったんだから!』

 彼女は前世の言葉を全開にして、不満をぶちまける。

 

『あんたが日本人だって分かってたら、「ノイマン型アーキテクチャ組んで、RDB(リレーショナル・データベース)で顧客管理するわ」って日本語で言えば一瞬で通じたじゃない! 私のあの苦労は何だったのよ!』

『……君が、あの冷酷な王妃の監視下で、一切の隙がない「完璧な公爵令嬢」に擬態しきっていたからだ。それに、僕の手札を確証もないまま明かすわけにはいかなかった』

 リュートはそう答えながら、この世界に転生して初めて、年相応の――いや、前世の三十代の男としての、憑き物が落ちたような素の苦笑をこぼした。

 

『性格悪っ。元法曹界の人間だか知らないけど、本当に疑り深くて最悪の策士ね』

 ヴィオラは悪態をつきながらも、その顔には心からの笑みが浮かんでいた。

 

 狂った血統主義が支配し、少しでも「品位」に反すれば不良品として切り捨てられる息の詰まる世界。その地獄のような盤面で、自分の頭の中にある『現代の機能美と合理性』を、言葉の壁すら越えて一瞬で理解し、肯定してくれる相手が目の前にいる。

 その事実がもたらす圧倒的な「安堵感」が、彼女の魂を深く救済していた。

 

『……でも、良かった。本当に……あんたが私と同じ、合理性とロジックで世界を見られる人間で』

『僕も同感だ、ヴィオラ。これでようやく、回りくどい暗号ではなく、直接的な要件の定義ができる』

 

 法律という社会のソフトウェアを書き換える法曹と、魔導具という国家のハードウェアを組み上げる技術者。

 かつての現代日本で培われた二つの極めて実践的な『実務の刃』が、異世界の学園の片隅で完全に結託した瞬間であった。

 

 

 

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