リーガル・レジスタンス 〜ファンタジー世界で立憲国家を求める〜   作:ムササビ・モマ

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第3話『共鳴3』

3 学園での行動のすり合わせ

 

 互いの前世の経歴と有用性を完全に理解し合った後、リュートは旧図書室の空気がわずかに緩んだのを見計らい、直近の『盤面』へと話題を切り替えた。

 

『さて、状況のすり合わせを行おう。僕は今年、この学園に「生徒会」と「学園裁判」という機関を立ち上げるつもりだ。……前世の言葉で言えば、「成文法」を用いた裁判所の縮小モデル(箱庭)の構築実験だよ』

『成文法と、裁判所……なるほどね』

 ヴィオラは顎に手を当て、即座にその政治的システムの意図を解析する。

 

『王族や上位貴族の「顔色」っていう曖昧な裁量権を排除して、明文化された絶対のルールで縛るわけね。でも、特権階級の連中がそんなシステムを素直に受け入れるはずがないわ。どうやって実装するの?』

 

『だから、トップには次期国王たるグラクト兄上を据える。「次期国王が司法の長として裁く練習をする」という、本宮も第一、第三側妃派も絶対に反対できない大義名分を被せてね』

 

『……悪辣ね』

 ヴィオラは呆れたように、しかし最高のシステム設計を称賛する技術者の顔で笑った。

 

『つまり、グラクト殿下という誰も逆らえない「フロントエンドの神輿」を立てておいて、実際にルールを作って運用する「バックエンドの権力」は全部あんたが掌握するってことね。完璧なシステム乗っ取りじゃない』

 

『その通りだ。私はあくまで「兄上を支える有能なNo.2として、人材を峻別している」という名目で表舞台を回す』

 リュートは深紅の瞳を細め、共犯者である彼女に『裏の任務』を提示した。

 

『ヴィオラ。君には、これからも婚約者という最も近い距離にいる者にしか見えない「グラクト兄上の現在の心理状態」と、「側近の動向」を逐一僕に横流ししてほしい。あの知将エドワルドがどう動くか、内部からの監視のために』

 

『ええ、任せて。システムを外からハッキングするには、内部のエラーログが必要不可欠だもの』

 ヴィオラは一切の躊躇なく頷き、対等なビジネスパートナーとしての条件を突きつけた。

 

『その代わり、私の研究予算と、学園の地下工房に引き籠るための「正当な時間」は、あんたの権力でしっかり確保してもらうわよ』

『約束しよう。君の頭脳は、この国を法治国家に作り変えるための最強のインフラだからな』

 二人は、前世の流儀に則り、互いの実利を保証する固い握手を交わした。

 

 

 実務のすり合わせが終わり、密会の時間が終わりに近づいた頃。

 張り詰めていた空気が完全に解けたヴィオラは、ついに前世の「現代日本の倫理観」を全開にして、長椅子に深く背中を預けながら盛大な溜息を吐き出した。

 

『……あーっ、本当に最悪! マジでこの世界の倫理観、バグりすぎてて反吐が出るわ!』

『どうした。王妃の教育がまた厳しくなったか?』

 

『違うわよ! 情交奉仕者の件よ!』

 ヴィオラは前世の十五歳の少女に戻ったように、眉間を寄せてリュートを睨みつけた。

 

『入学式直前に、あの氷の王妃様に名簿を渡されて「学園でグラクトの身の回りの世話をする愛人を、正妃となる貴女自身の手で選びなさい」って言われたのよ!? まだ十五歳の婚約者に、夫の愛人を管理しろだなんて、正気の沙汰じゃないわ! 人権無視にも程がある!』

 

 その怒りは、公爵令嬢としての嫉妬などではなく、人間を単なる「血統を残すためのパーツ」や「品位を保つための慰み者」としてしか扱わない、この狂ったシステムそのものへの本能的な嫌悪だった。

 

『私が選ばなかったら「嫉妬深い不良品」扱いよ。仕方なく、没落寸前で逆らえなそうな令嬢を指名してきたけど……あの時ほど、自分の倫理観を殺すのがキツかったことはないわ』

 

『……ああ。本当に、反吐が出るシステムだ』

 リュートはヴィオラの怒りに深く同意し、その瞳の奥に、絶対零度の暗い炎を宿した。

 

『人間を血統と品位でしか計らず、強者の理屈で弱者をモノのように使い潰す。……僕の母も、その狂ったシステムのせいで殺されたからな』

『……リュート』

 ヴィオラはハッとして息を呑み、静かに口を閉ざした。

 

 ルナリアの無残な死。それが、目の前の少年がこの国を根底から解体しようとする、最も深く凄惨な原動力であることを彼女は知っている。

 

『……ヴィオラ。君は最終的に、どうするつもりだ?』

 リュートは静かに問いかけた。

 

『離宮で契約した「灰かぶり姫のスキーム(グラクトに真実の愛を見つけさせ、身を引く計画)」は、今も継続でいいのか?』

『ええ、もちろんよ。あんな神輿の隣で一生、感情を殺して笑い続けるなんて絶対にお断りだわ。私は悲劇の聖女を演じ切って、円満に婚約破棄を手に入れる』

 

『その後の身の振り方は? 別の貴族に嫁ぐか?』

『まさか。一生独身で、領地の工房で好きなだけ魔導具の設計図を引いて生きるわよ。……まぁ、もしどうしても政治的な「後ろ盾」が必要になったら、同じ転生者のよしみで、あんたが囲ってくれてもいいけど?』

 ヴィオラは少しだけ空気を和ませようと、肩をすくめて冗談めかして笑った。

 

 リュートは真顔のまま、極めて実務的で冷徹な回答を返す。

 

『互いの陣営に明確な政治的メリットが生じる状況になれば、それも合理的な選択肢として計算に入れておこう。だが、私の隣はすでにアイリスで確定している。君の居場所は、良くて離宮の地下研究室だ』

 

『あははっ、最高じゃない! 愛憎ドロドロの王宮政治なんかより、冷暖房完備の地下研究室のほうが何万倍も魅力的だわ!』

 ヴィオラは心底楽しそうに笑い声を上げた。

 

 そこには、王宮の誰も見たことがない、ただの技術を愛する少女の素顔があった。

『……絶対に、壊そうね』

 笑い収めた後、ヴィオラは翠の瞳に強い理知の光を宿し、リュートを見据えた。

 

『血統だの品位だのって、非効率で狂った「人治国家」のシステムを。あんたの「法律」と、私の「技術」で』

『ああ。すべてを物理的・社会的に解体し、「成文法による法治国家」を創り上げる。……これは、前世の魂に誓って』

 薄暗い旧図書室の中。

 

 この狂った異世界の構造を誰よりも客観的に理解し、憎悪する二人の転生者たちは、国家の破壊と再構築という絶対の誓いを、深く静かに分かち合ったのであった。

 

 

 

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