リーガル・レジスタンス 〜ファンタジー世界で立憲国家を求める〜   作:ムササビ・モマ

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第4話『箱庭内閣4』

4 武力の配置と「身分の火種」

 

 学則の編纂というデスマーチが完了し、次はその規則を現場で執行するための「組織(ハード)」を動かす段階に入った。

 生徒会室の円卓にて、リュートは新たに創設された『風紀官』の名簿をエドワルドに提示した。

 

「……リュート殿下。トップに北のベアトリス様、サブに南のライオネル様を据えるのは、武力による絶対的な抑止力として極めて妥当です。しかし……」

 名簿に目を落としたエドワルドが、不快げに眉をひそめる。

 

「その下で実際に学園内を巡回し、違反者を摘発する実働部隊の顔触れです。なぜ、これほどまでに下級貴族の子息や、下賤な平民の特待生ばかりを配備するのですか?」

 エドワルドの疑問はもっともだった。貴族を律する組織の実働を平民に担わせるなど、身分制度の根幹を揺るがしかねない。だが、リュートはあらかじめ用意していた完璧な「実務的回答」を涼しい顔で口にした。

 

「実務能力と、公平性を重視した適材適所です。……エドワルド殿、もし上位貴族の子息を風紀官に任命すればどうなるか。彼らは自らの派閥や血縁者の違反を見逃し、敵対派閥ばかりを摘発するでしょう。それではグラクト兄上の定めた『公平な法』が、単なる派閥争いの道具に成り下がってしまう」

 

「……」

「特待生たちには、学園内の政治的しがらみが一切ありません。彼らなら、身分に関わらず事実のみを機械的に報告できる。違いますか?」

 しがらみのない平民を「機能的な歯車」として使い潰す。その極めて官僚的な合理論に、エドワルドは渋々ながらも納得せざるを得なかった。

 

「……承知いたしました。殿下の合理的なご判断に従いましょう」

 エドワルドが名簿に承認のサインを書き入れた直後。

 リュートは、彼には見えない盤面の裏側で、ベアトリスとライオネルの二人にのみ、真の『武力の使い道』を指示していた。

 

『テトラたち平民の風紀官は、特権貴族の横暴を炙り出すための「生餌」だ。奴らが平民から注意され、怒りで牙を剝いた時……君たちの圧倒的な武力で、手足(テトラたち)を絶対に守り抜け』

 北の女将軍と南の野獣は、リュートのその冷酷な指示に、獰猛な笑みと沈黙の頷きをもって応えていた。

 

   ◇

 

 グラクトの名のもとに学則が施行され、風紀官による取り締まりが始まった。

 エドワルドの目論見通り、初期の段階では、第一王子の『品位(威光)』を恐れた上位貴族たちが表立った無秩序を控え、食堂の不法占拠などの「具体的な違反行為」は劇的に減少した。

 

 だが、それはあくまで表面上の出来事に過ぎなかった。

 特権を取り上げられた貴族たちの不満は、見えない場所で、より陰湿な『圧力』となって吹きこぼれ始めていたのである。

 

「おい、そこをどけ。その席は我が伯爵家のものだ」

「し、しかし……学則では、席は先着順と……っ」

 食堂の片隅で、下級貴族の生徒が震える声で学則を盾にする。だが、伯爵家の子息は鼻で笑い、その胸ぐらを乱暴に摑み上げた。

 

「学則? くだらん。私が譲れと言っているのだ。……お前の実家、我が領地からの水利権が頼りだったな? ここで席を譲るという『自発的な好意』を見せなければ、来月の水はどうなるか分かっているだろうな?」

 

「ひっ……!」

 その現場を、巡回中であった平民の風紀官が発見し、手帳を片手に割って入る。

 

「規定違反です。直ちに手を離し、席を空けてください」

「……あァ?」

 伯爵家の子息は、下級貴族を突き飛ばすと、血走った目で平民の風紀官を睨みつけた。規則違反を咎められた事実よりも、下賤な平民から命令されたという『身分の逆転』に対する激しい怒りが、彼の特権意識に完全に引火したのだ。

 

「たかが平民の分際で、誇り高き伯爵家の私に指図するのか! 不敬だぞ! 貴様らのような虫ケラが、殿下の威光を笠に着て威張り散らしおって!」

 一触即発の事態。そこに、凄まじい威圧感を伴って、風紀官トップのベアトリスとサブのライオネルが駆けつける。

 

「騒ぎを起こしているのは誰だ。……風紀官への反抗は、生徒会長たるグラクト殿下への不敬と見なすぞ」

 北と南の次期当主の冷酷な眼差しと、文字通り人を殺してきた本物の『武気』を前に、伯爵家の子息はヒィッと短い悲鳴を上げ、顔面を蒼白にして後ずさった。

 

 だが、問題はここからだった。

 

「……おい、そこの生徒。お前は今、こいつに不当な暴力を受け、席を奪われそうになっていたな? 事実関係を報告しろ」

 ベアトリスが被害者である下級貴族に尋ねる。しかし、下級貴族の生徒は、伯爵家の子息から向けられる『実家の死活問題に関わる無言の脅迫』に完全に怯えきっていた。

 

「い、いえ……! 違います、将軍閣下! 私は、自らの意思で、喜んで伯爵様にお席をお譲りしようとしていただけで……決して、脅迫など……っ!」

 

「……チッ」

 ライオネルが苛立たしげに舌打ちをする。

 被害者本人が「自発的な好意だ」と証言してしまえば、明文化された学則の『違反』として立件することはできない。武力でその場を制圧することはできても、特権階級の「見えない脅し」によって事実が隠蔽されれば、罰則は完全に有名無実化してしまうのだ。

 

 こうした『風紀官に対する貴族の恫喝』と『被害者の泣き寝入り』が学園中で頻発し、学則は早くも機能不全に陥りかけていた。規則という建前と、身分という現実。その強烈な矛盾が限界まで軋み、学園の秩序は崩壊の危機に瀕している。

 

 だが、生徒会室の窓からその大混乱を見下ろしながら、リュートは極めて冷酷な、氷のような笑みを浮かべていた。

『……そうだ。怒れ、誇り高き貴族たちよ。君たちがその「身分(品位)」を振りかざして事実を握り潰そうとすればするほど、グラクト兄上が定めた「規則(法)」との矛盾が浮き彫りになる』

 エドワルドが信奉していた「君臣の義」など、所詮は特権が保障されている前提での幻に過ぎなかった。

 

 規則はある。武力もある。だが、相手の身分という暴力を無効化し、脅迫を排除して『事実のみを客観的に確定させるシステム』が欠けている。

 証拠と論理で真実を白日の下に晒す、絶対的な権威を持った「裁きの場」。

 

 リュートが真に求めていた『学園裁判』を設立するための、これ以上ない完璧な大義名分(学園の危機)が、今まさに熟成されようとしていた。

 

 

 

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