リーガル・レジスタンス 〜ファンタジー世界で立憲国家を求める〜   作:ムササビ・モマ

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第5話『神輿の演説2』

2 誘導される解決策

 

 名目だけの規則が露呈し、重苦しい沈黙が支配する生徒会室。

 特権貴族たちをいかにして「規則」に従わせるかという難題に対し、第一王子の側近エドワルドは、眉間を深く揉みほぐしながらギリッと奥歯を嚙み鳴らした。

 

「……愚かしい。グラクト殿下の御名で出された規則を裏で破り、あろうことか被害者を脅して事実を隠蔽するなど。殿下と四公爵家の顔に泥を塗る、極めて不敬で許しがたい行為です。本来ならば即座に退学すべき『統治の障害』に他ならない」

 エドワルドの氷青の瞳には、君臣の義を忘れた不忠者たちへの明確な殺意が宿っていた。だが、彼は有能な実務家であるがゆえに、同時に身動きが取れずにいた。

 

「しかし、排除したくとも……被害者自身が脅されて証言を翻す以上、規則違反の『客観的な事実』が確定しません。事実がないまま風紀官が強権を発動して彼らを処罰すれば、それは法による統治ではなく、単なる『証拠なき生徒会の暴走』となる。……それではグラクト殿下が、理由なく貴族を弾圧する暴君のそしりを受けてしまう」

 エドワルドの懸念は完璧に正しかった。証拠主義を無視した弾圧は、王の品位を根本から破壊する。

 

「ならば、彼らの『見えない圧力』が一切機能しない状況を作ればいいのですわ」

 東の次期当主アイリスが、優雅に扇を広げて静かに発言した。

 

「密室ではなく、白日の下に引きずり出し、誰もが誤魔化しがきかない公の場で両者の言い分と証拠を突きつけ、『こいつは殿下への不敬を働いた、罰されて当然の愚か者だ』という状況を強制的に作り出す。……そうすれば、殿下は暴君ではなく『正当な裁きを下す者』となります」

 

「待て、アイリス」

 南のライオネルが、わざとらしく反論の声を上げる。これもまた、議論を「正解」へと着地させるための緻密な連携であった。

 

「白日の下に引きずり出すって、大勢の前で違反者を吊るし上げて無理やり自白させるのか? そんな真似をすれば、それこそ『生徒会による私刑だ』と騒がれて終わりだぜ」

 

「ええ。単なる私刑では反発を生むだけです。だからこそ……『正当なシステム』に昇華させるのよ」

 ここで、西の次期当主ヴィオラが、まるで素晴らしい閃きを得たかのようにポンと手を打った。

 

「ねえ、グラクト殿下。この王国では、国王陛下が国家の『最終裁判長(司法の長)』をお務めになっていますよね? だったら、次期国王たる殿下が、この学園で『裁く練習』をなさるのはいかがですか?

学則違反者を全校生徒の前に立たせ、公の場で検証し、殿下ご自身が最終的な裁定を下す。……名付けて、学則違反の『公開裁判』!」

 その言葉が落ちた瞬間、エドワルドの顔色が変わった。

 

 密室での圧力を無効化し、公開の場での事実によってのみ裁く。不敬な愚か者を合法的に排除する手段として、それは確かに魅力的だった。だが、エドワルドは即座に実務上の致命的なリスクを看破し、鋭く反論した。

 

「お待ちください。裁判とは見世物ではありません。厳密な解釈と事実認定が要求される、極めて高度な専門的実務です! もしグラクト殿下が公の場で、論理に破綻のある不当な裁定を下してしまえば、それこそ殿下の『王としての知性』に回復不能な傷がつきます。全校生徒の前でそのような綱渡りをさせるわけにはいきません!」

 

「でしたら、殿下が迷うことのないよう、盤面を完全に整えればよいのですわ」

 アイリスが扇をピタリと止め、冷徹な声で応じた。

 

「事前に厳密な調査を行い、解釈を整え、何が違反であるかを客観的に立証する『訴追官』。そして被告人にも弁明の機会を与える『弁舌士』。双方が公の場で事実をぶつけ合い、論理の全貌が白日の下に晒された後で……殿下はただ、その事実に基づいて『有罪か無罪か』の結論を宣言するだけでよい仕組みを構築するのです」

 

「……」

 エドワルドは息を呑んだ。

 彼らが提案しているのは、単なる処罰ではない。王が直接手を下すリスクを完全に排除し、事実の認定プロセスを実務家に丸投げした上で、王には『絶対的な裁定者としての美味しい果実』だけを捧げるという、極めて洗練された司法システムの構築案だったのだ。

 

「……なるほど。確かにその仕組みならば、殿下の威信に傷がつくリスクは最小限に抑えられる。全校生徒の前で、殿下に泥を塗った不忠者を厳正な『学則』で排除すれば、強烈な一罰百戒のプロパガンダにもなる」

 エドワルドの脳内で、凄まじい速度で演算が回っている。

 

 上位貴族の反発? 証拠を突きつけられ、四公爵家が立ち並ぶ前で王家への不敬を問われた者に、反発する力など残るはずがない。

 

「だが……」

エドワルドは最後の懸念を口にした。

 

「その『訴追官』とやらを、誰が務めるというのですか。上位貴族の圧力に一切屈せず、我々が血を吐いて編み上げたこの膨大な学則の『法理』を完全に理解し、公の場で論理的に相手を追い詰めることができる存在など……」

 言いかけて、エドワルドはハッと顔を上げ、円卓の一点を見つめた。

 

 その視線の先で、副会長席に座るリュートが、静かに、そして極めて優雅に微笑んでいた。

 リュートはここまでの一連の議論に、一切口を挟まなかった。

 

 彼はただ黙って、エドワルドという有能な知将が、自らの提示したシステムに対しどのような反論を抱き、それをどのように納得していくかという思考プロセスを、冷徹に観察し、検証していたのだ。

 

『……見事だ、エドワルド。君の実務家としての懸念はすべて正しく、そして僕の想定した論理の枠組みに一寸の狂いもなく収まっている。ならば君はもう、この提案を拒めない』

 リュートは己のシミュレーションの完璧さを確認し、ゆっくりと口を開いた。

 

「もし私でよろしければ。内務省で培った実務経験を活かし、不遜なる者を兄上の御前に引きずり出す『泥被り(訴追)』の役を、謹んでお引き受けいたしますが」

 

「……っ!」

 すべてが繫がった。

 不敬なノイズの合法的な排除。次期国王としての絶対的な威信。そして、そのために最も困難な実務を、第二王子自らが進んで引き受けるという盤面。

 

 エドワルドは深く息を吐き出し、完全に論破された実務家として、白旗を上げるように首を垂れた。

 

「……見事な提案です。これほど強固な大義名分と論理の壁があれば、いかなる特権貴族であろうとも、殿下の裁きから逃れることは不可能でしょう。……公開裁判の導入に、わたしとしても賛同いたします」

 

 王家を権威づけるためという極上の建前のもと、エドワルド自身の口から、ついに「裁判所」という絶対の司法機関の設立が承認された。

 特権貴族を裁く『ギロチン』の設計図が、満場一致で可決された瞬間であった。

 

 

 

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