リーガル・レジスタンス 〜ファンタジー世界で立憲国家を求める〜   作:ムササビ・モマ

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第5話『神輿の演説3』

3 学園裁判の骨格と、知将の悪夢

 

 特権の隠蔽を許さぬ『公開裁判』という劇薬。

 そして、その成立に不可欠な最も憎まれ、かつ高度な論理的思考を要求される『訴追官』の役割を、第二王子リュートが自ら買って出たこと。

 

「……ありだな」

 これまでの議論の推移を見守っていた北の女将軍ベアトリスが、腕を組んだまま深く同意の声を上げた。

 

「密室で脅されて事実が握り潰されるなら、白日の下に引きずり出し、誰もが逃げられない事実と証拠の重みで殴り倒す。極めて合理的で、我々北の気風にも合っている」

 北の賛同を得て、学園裁判の具体的な制度(骨格)が急速に固まっていく。

 

 学則違反の事実を調査・立証し、公の場で被告人を論理で追い詰める『訴追官』は、内務省での実務経験を持つリュートが進める。

 

 対して、被告人の権利を守り、反証や情状酌量を訴える『弁舌士』は、被告人自身に選ばせる。本人が望むのであれば、生徒会役員の中から弁舌士を指名することも可能とする、という公平なルールだ。

 

 この完璧な裁判機構の骨組みを聞きながら、エドワルドは静かに頭を抱えていた。

 密室の圧力を排除し、グラクト殿下の威光を高め、不敬な者を合法的にパージする。システムとしてはこれ以上ないほど素晴らしい。だが、有能な実務家である彼は、同時にその「代償」に気づいてしまったのだ。

 

『またか……。またあの、血を吐くような徹夜の学則作成をやらされるのか……!』

 

「裁判を行う」と口で言うのは簡単だ。だがそれを実際に運用するには、証拠能力の定義、訴追の手続き、弁舌士の権限、偽証の罰則など、これまでの『学則』以上に膨大で複雑な法整備が不可欠となる。

 

 エドワルドは、目の前で涼しい微笑みを浮かべている恐るべき第二王子と共に、再び地獄のような速度で法案を叩き合う自身の未来を幻視し、強烈な眩暈を覚えた。

 

 だが、この裁判制度が第一王子の利益に直結する以上、知将としてこれを拒否するという選択肢は、初めから存在していなかった。

 

「……実務上の制度設計は、私とリュート殿下で進めるとして」

 エドワルドは疲労を滲ませながらも姿勢を正し、円卓の上座――この箱庭の最高権力者であるグラクトへと向き直った。

 

「グラクト殿下。この学園裁判の導入、ならびに殿下ご自身が最終的な裁定を下す『裁判長』として立たれること。……ご裁可いただけますでしょうか」

 生徒会室の視線が、一斉にグラクトへと集まる。

 

 グラクトは、自らの手足が震えそうになるのを必死に堪えていた。

 この制度が実行されれば、自分は全校生徒の前で、身分ある貴族たちを「裁く」という恐ろしい重責を背負うことになる。リュートが作り上げる完璧な法理の檻の中で、自分はただ「有罪」か「無罪」かを宣言する神輿。

 

 だが、ここで逃げ出せば、次期国王としての自分の威光は完全に地に落ちる。

 

『……私は、神輿としての仕事を果たすしかない』

 グラクトは血が滲むほど強く拳を握り締め、ゆっくりと、しかしよく通る声で宣言した。

 

「……許可する。この学園の風紀を正し、私の定めた学則を蹂躙する不忠者どもを排除するため、学園裁判の制度構築を直ちに進めよ。……最終的な裁定は、この私が下す」

 最高権力者の決定が下された。

 

 この瞬間、学園という箱庭において、数百年続く貴族の「人治」を破壊するための絶対的なギロチンが、正式に製造を開始されたのであった。

 

   ◇

 

「……今年も、もうすぐ終わるな」

 円卓の空気が一段落したところで、リュートが冷徹なスケジュールを提示する。

 

「この冬の長期休暇中に裁判制度の細部を詰め、明文化を完了させれば、次年度の頭には全校に告知し、運用を開始できる」

 四大公爵家の次期当主であるベアトリスとライオネルは、休暇中はそれぞれの領地へ帰還し、次期当主としての公務や軍事演習をこなさなければならない。しかし、この法治の根幹を成す裁判制度の構築を止めるわけにはいかなかった。

 

「実務(法案の草案作成)は、私とエドワルド殿で進めておく。君たちは領地に草案を持ち帰り、休暇中も魔導具での通信や早馬を用いて、進捗の確認と継続審議を行ってくれ」

 

「ああ、構わねえぜ。領地の仕事の合間に目を通しておく」

「北も異存はない。手抜かりのない法を作ってくれ」

 ライオネルとベアトリスが頷き、ヴィオラやアイリスも了承の意を示す。

 

 こうして、次年度に吹き荒れるであろう嵐(学園裁判)に向けた、生徒会役員たちの静かで過酷な長期休暇の幕が開けたのであった。

 

 

 

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