リーガル・レジスタンス 〜ファンタジー世界で立憲国家を求める〜 作:ムササビ・モマ
1 均衡のための生贄
王宮の白薔薇のサロンは、午後の柔らかな陽光がステンドグラスを通り、床に淡い薔薇の模様を散らしていた。空気は甘く、しかしその甘さの下に、鋭い緊張が張りつめている。テーブルの上には銀のティーセットが並び、湯気が静かに立ち上っていた。
王妃マルガレーテが上座に座り、優雅にカップを傾けている。彼女の隣に第一側妃ヒルデガード、対面に第三側妃ソフィアが控えていた。国王ゼノンは窓辺の椅子に腰を下ろし、静かに耳を傾けている。女性陣の茶会でありながら、今日の話題は明らかに「政治」だった。
ソフィアが扇子を軽く開き、口元を隠しながら優雅に切り出した。声は穏やかだが、言葉の端に棘が潜んでいる。
「先日、武門のゼノビア侯爵家からセオリス殿がグラクト殿下の側近に選ばれましたわね。素晴らしいご判断ですわ。でも……王子の周囲が『武』に偏りすぎているのではございませんこと? 王国の調和を欠く、というよりは……バランスを欠いている、と申しますか」
彼女の視線が王妃に向けられる。マルガレーテはカップを静かに置き、微笑んだ。微笑みは穏やかだが、目は冷たい。
「ソフィア様のおっしゃる通りですわね。グラクト殿下の教育は、武と知と魔導の均衡が理想。武門一辺倒では、確かに不均衡が生じます」
ヒルデガードが小さく鼻を鳴らした。金髪を優雅に揺らし、翠の瞳でソフィアを睨む。
「では、ソフィア様のご提案は? 魔導卿の家系が、ただ不均衡を嘆くだけとは思えませんわ」
ソフィアは扇子をゆっくり閉じ、微笑んだ。声は甘く、しかし内容は鋭利だった。
「簡単なことですわ。第一王女リーゼロッテ殿下と、私の甥、リーデル・ソリュ・セラフィナの婚約を……いかがでしょう?」
一瞬、部屋が静まり返った。ヒルデガードの唇がわずかに歪む。マルガレーテは目を細め、国王ゼノンは窓の外を見たまま動かない。
ソフィアは続ける。声は穏やかだが、言葉は容赦ない。
「リーデルは6歳。魔導卿セラフィナ侯爵家の嫡男で、すでに初級魔導の才能を示しております。リーゼロッテ殿下は……プラチナブロンドと金眼をお持ちですわね。家格も釣り合い、魔導派の不満も収まり、王子の側近に魔導の血を加える均衡が取れます。まさに『調和』ですわ」
ヒルデガードが小さく笑った。笑いは冷たく、嘲るようだった。
「出来損ないの娘でも、セラフィナ家の『魔導予算と票』に代わるなら上出来ですわね。……私としては、異存ありません」
彼女の言葉に、マルガレーテが静かに頷いた。王妃の声は落ち着き払っている。
「王家の内部統制として、派閥の均衡は最優先です。価値の低い王女一人で魔導派の不満が収まるなら……極めて安価な取引ですわね」
国王ゼノンがようやく口を開いた。声は低く、重い。
「うむ。王女も年頃だ。家格も釣り合う。異存はない」
決定はあっという間だった。リーゼロッテ本人の意思など、介在する余地はなかった。彼女の未来は、紅茶の湯気が消える前に決まった。
マルガレーテが優雅にカップを置き、侍女に命じた。
「では、正式決定前に『顔合わせ』を。東屋の庭園でお茶会を設けましょう。形式的に、ですわ」
ソフィアは扇子で口元を隠し、満足げに微笑んだ。
「ありがとうございます。リーデルも喜びますわ」
ヒルデガードは小さく舌打ちしたが、誰も気づかないふりをした。国王は再び窓の外に視線を戻した。
白薔薇のサロンは、再び静かになった。薔薇の模様が床に揺れる中、王女一人の未来が、誰の心も痛めず、ただ「均衡」のために切り捨てられた。
それは、王国の冷酷な日常だった。