リーガル・レジスタンス 〜ファンタジー世界で立憲国家を求める〜   作:ムササビ・モマ

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第9話『政略結婚回避2』

2 影の作戦会議(兄妹の対策)

 

 離宮の書斎は、夕暮れの柔らかな光が窓から差し込み、古い本棚に長い影を落としていた。机の上には魔法史の分厚い書物が開かれ、羊皮紙にリュートの細かなメモが散らばっている。部屋の空気は静かで、しかし緊張が張りつめていた。

 

 リーゼロッテは小さな椅子に座り、膝の上で手をぎゅっと握りしめていた。プラチナブロンドの髪が肩に落ち、金色の瞳は不安で揺れている。顔合わせの知らせが届いたのは昼過ぎ。彼女はそれ以来、一言も発さずにいた。

 

 リュートは机の向かいに立ち、妹の様子を静かに見つめていた。黒髪が額にかかり、赤い瞳は冷静だが、その奥にわずかな苛立ちが宿っている。彼はゆっくりと息を吐き、口を開いた。

 

「リーゼ。……全部聞いたよ」

 リーゼロッテの肩がびくりと震えた。小さな声で、ようやく言葉を絞り出す。

 

「……お兄様。私……売られるの?」

 その言葉に、リュートの胸が一瞬痛んだ。六歳の妹が「売られる」という言葉を口にする異常さ。だが、彼は感情を押し殺し、冷静に答えた。

 

「まだ決まったわけじゃない。ただの『顔合わせ』だ。……でも、向こうは本気で婚約を狙っている」

 リーゼロッテの瞳に涙がにじむ。彼女は膝の上で手を強く握り、震える声で続けた。

 

「私……嫌だよ。お兄様とお母様のところにいたいのに……リーデル様って人、どんな人かわからないし……」

 リュートは机を回り込み、妹の前にしゃがみ込んだ。視線を合わせ、静かに言った。

 

「怖いよね。理不尽だよね。でも、今は怯えてるだけじゃ守れない。だから……一緒に戦おう」

 彼は机の上から一枚の羊皮紙を取り、リーゼロッテに見せた。そこにはセラフィナ侯爵家の系譜と、リーデルの簡単なプロフィールが記されている。

 

「相手は魔導卿の嫡男、リーデル・ソリュ・セラフィナ。六歳。家系は『知性』を何より誇りにしている。魔導の伝統を重んじ、過去の偉業を暗記するのが彼らの教育だ。だから、リーゼ。君もただの飾り物じゃなく、対等に話せる『知性』を見せればいい」

 リーゼロッテは目を丸くした。リュートは続ける。

 

「彼らは『無知な女の子』を期待してる。でも、君が魔法の歴史をただ暗記するだけじゃなく、『歴史の流れから未来を予測する』視座を示せば……一目置かれるはずだ。侮られない。少なくとも、即座に『従順な人形』として扱われなくなる」

 彼は書物のページを開き、指で線を引いた。

 

「たとえば、三百年前の『聖魔導期』は確かに頂点だった。でも、その後百年で詠唱が簡略化され、魔力効率が上がった。流れを追えば、次は『無詠唱化』や『属性複合』への発展が自然だ。そういう話を振って、『貴方はどう思う?』と聞き返せばいい。議論を『対等な知性』として持ち込めば、彼らは喜ぶ。……少なくとも、軽く見下すことはできなくなる」

 リーゼロッテはメモを食い入るように見つめ、ゆっくり頷いた。瞳にわずかな光が戻る。

 

「……わかったわ、お兄様。私、頑張って『賢い王女』になってみせる。そうすれば、お兄様みたいに認めてもらえるのね」

 リュートは妹の頭を軽く撫でた。声は優しいが、確信に満ちていた。

 

「ああ。君ならできる。僕が信じてる」

 彼の胸中では、まだ希望が残っていた。論理と知性が、この国のエリート層にも通用するはずだと。まだ彼は、王国の「品位」という病巣の深さを、完全に読み違えていた。

 リーゼロッテは小さな拳を握り、決意を込めて言った。

 

「私、負けない。お兄様が教えてくれたこと、全部使ってみせる」

 リュートは微笑み、妹の肩を抱いた。

 

「一緒に、守ろう。この離宮を……僕たちの居場所を」

 書斎の窓から差し込む夕陽が、二人の影を長く伸ばした。希望と不安が混じり合う中、兄妹は静かに作戦を練り続けた。明日の「お茶会」が、ただの顔合わせで終わらないことを、まだ誰も知らなかった。

 

 

 

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