リーガル・レジスタンス 〜ファンタジー世界で立憲国家を求める〜 作:ムササビ・モマ
3 「わがままの報酬」
東京・渋谷 スクランブル交差点付近。夜10時48分。
いつものように事務所からの帰り道を歩いていた。
弁護士になって、もう三年。検察を辞めてから、相続やら離婚やら、金と血の絡む事件を淡々と処理するだけの毎日。
正義などという言葉は、とうに口から消えていた。
その夜、交差点の信号待ちで、視界に一人の男が入った。
見覚えのある顔――かつて検察官時代に自分が起訴した男、山崎健一。
特殊詐欺の受け子。被害者の老女が「息子に会いたいと言われて……」と泣きながら証言した事件。
山崎は実刑4年6月を受け、2年前に出所していたはずだった。
山崎はゆっくり近づいてきた。
手に持っていたコンビニのビニール袋から、缶ビールを取り出し、プシュッと開けた。
「よぉ、検事さん。覚えてる?」
私は無視して歩き出そうとしたが、山崎が肩を掴んできた。
「待てよ。ちょっと話があるんだ」
「用件は?」
山崎はニヤニヤしながら、ビールを一口飲んだ。
「いやさ、俺、出所してからさ、仕事が全然見つからねぇの。履歴書に前科って書くと、全部落ちるんだよ。マジで生活苦しくてさ」
「それは、あなたが選んだ道の結果です」
山崎の目が一瞬だけ細まった。
「結果? ふざけんなよ。お前が俺を捕まえなきゃ、こんな目に遭わなかっただろ? 俺の人生、お前にぶっ壊されたんだよ」
「それは――」
「うるせぇ!」
山崎が突然声を荒げた。
周囲の通行人が振り返る中、彼はポケットから折りたたみナイフを抜いた。
「俺さ、今日、彼女に振られたんだよ。『前科持ちの男なんて無理』って。マジで最悪だろ? 全部、お前のせいだと思ってたら、今日お前見つけたんだ。運命だろ、これ」
「……そんな理由で?」
「そうだよ、そんな理由で! 俺の彼女が戻ってこねぇのも、仕事がねぇのも、毎日酒しかねぇのも、全部お前が俺を捕まえたからだろ! だったらお前も同じ目に遭えよ! 俺の人生ぶっ壊したんだから、お前の人生もぶっ壊してやる! それで少しはスッキリするだろ!」
山崎の声は、まるで子供の駄々っ子のように甲高かった。
次の瞬間、ナイフが私の腹に突き刺さった。
一度、二度、三度。
山崎は機械的に刺し続けながら、独り言のように繰り返した。
「これで俺の人生、少しはマシになるかな……彼女、戻ってきてくれるかな……仕事、見つかるかな……」
私は膝から崩れ落ち、血溜まりの中に倒れた。
視界が赤く染まる中、私は最後に思った。
――人間なんて、みんなこんなものだ。
検察時代に見た身勝手さ。
弁護士時代に見た強欲さ。
そして最後に味わったこの、
「彼女に振られたから」「生活が苦しいから」「俺の気分が悪いから」という、
あまりにも幼稚で、みっともなくて、救いようのないわがまま。
誰も自分のしたことを本気で悔いていない。
誰も他人の痛みを本気で想像していない。
ただ、自分の都合が悪いと、誰かを殺す。
それだけ。
私の意識が途切れる直前、唇が微かに動いた。
「……人間なんて……みんな……わがまま……」
心臓が止まった。
…………。
…………。
…………。
オギャア。