リーガル・レジスタンス 〜ファンタジー世界で立憲国家を求める〜 作:ムササビ・モマ
6 王家の誤算と影の誓い
王宮の執務室は、夜更けの静けさに包まれていた。重厚な扉の向こうで、国王ゼノンが外交信書を広げ、王妃マルガレーテが傍らに立つ。ランプの炎が揺れ、紙面に影を落とす。
信書は帝国から届いたものだった。内容は簡潔で、しかし重い。
『第一王女リーゼロッテの「未来を見通す魔導の才」に皇帝陛下が興味を持たれている。我が国の第二皇子との婚約を検討したい』
マルガレーテは書状を読み終え、満足げに頷いた。
「ルナリア様、何気ない手紙でうまく帝国の関心を引いたようね。姪の可愛さを書き送ったのでしょうけれど、それが国益になるとは」
ゼノンは顎に手を当て、静かに言った。
「帝国が欲しがるほどの才か? まあよい。セラフィナ家より遥かに良いカードだ。縁談は凍結し、帝国との交渉を進めよ」
二人はルナリアの「義理の娘自慢」が、偶然にも帝国の欲を刺激したと思い込んでいた。王家の誤算は、ここにあった。彼らは、自分たちがルナリアの手のひらで踊らされていることに、全く気づいていなかった。
一方、離宮のリュートの寝室は、月明かりだけが窓から差し込んでいた。
リュートはベッドに座り、膝を抱えて目を閉じていた。胸の奥で、母の行動が繰り返し再生される。
手紙一枚。リスクゼロ。露骨な圧力などかけず、ただ「情報」を投げただけで、帝国の欲を動かし、王国の決定をひっくり返した。ルナリアは、血も流さず、誰にも指一本触れさせず、状況を掌握した。
(……お母様は、僕の知性では届かない高みで戦っていた)
リュートはゆっくりと目を開けた。赤い瞳に、月光が冷たく映る。
前世の検察官として、弁護士として、相手の行動原理を読み、弱点を突くことに長けていた。取調べで嘘を見抜き、裁判で矛盾を突き、相手の心理を崩す――それは得意だった。だが、それはあくまで「個」の戦いだった。与えられた盤面の上で、相手一人一人の弱点を突くという局地戦だ。
しかし、今の母は違う。盤面全体を見て、国家間の力学を探り、それを糸で繋げていた。帝国の「実力至上主義」という国家の欲、王国の「派閥均衡」という病巣、それらを結びつけ、自分に都合よく動かした。
個人の弱点を突く法曹から、大衆や国家の『欲』を盤上の駒とする統治者への移行。それこそが、ルナリアの見せてくれた強さだった。
リュートは拳を握りしめた。胸に熱いものが込み上げる。
(……僕の浅知恵は、個の弱点を突くだけだった。でも、それじゃ足りない。この国を変えるには……全体の歪みを、人々の欲を、全部盤上の駒として利用しなければならない)
彼は立ち上がり、窓辺に歩み寄った。月が離宮の庭を白く照らす。リュートは静かに呟いた。
「……次は、僕が守ってみせる。この腐ったルールを使いこなして。誰にも文句を言わせない『影の支配者』になるために」
八歳の少年の瞳に、冷徹な謀略家としての光が宿った。それは、前世の法曹の鋭さではなく、新たな支配者の覚醒だった。
離宮の夜は静かに過ぎていく。影は、ゆっくりと、しかし確実に広がり始めていた。