リーガル・レジスタンス 〜ファンタジー世界で立憲国家を求める〜   作:ムササビ・モマ

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第10話『外側2:王女の始動4』

4 試問の茶会

 

 本宮の南翼に位置する空中庭園は、秋の柔らかな陽光が白い大理石の柱を照らし、微風が色とりどりの薔薇の香りを運んでいた。精緻な細工が施された白磁のティーカップの中では、南ヴィレノール領から献上された最高級の茶が、黄金色の水面に芳醇な湯気を立てていた。

 

 庭園の中央には王女の席が置かれ、その周囲を囲むように高位貴族の令嬢たちの席が整えられている。その正面には、まだ空いたままの席が一つある。誰も座っていないにもかかわらず、その席だけが最初から視線を集めるように整えられていた。

 

「今年の秋茶は、ずいぶん華やかですわね」

「王女殿下のお席ですもの。当然ですわ」

「それに、今日は珍しい方もお見えになるのでしょう?」

 

 扇の陰で交わされる声は、まだ柔らかい。だが、その柔らかさの内側には、誰が王女に近く、誰が第一側妃宮に近く、誰が次の噂の中心に立つのかを測る、宮廷の鋭さが潜んでいた。

 

 その庭園の中心に設けられた主催者の席で、第一王女リーゼロッテは完璧な微笑みを浮かべていた。

 

 プラチナブロンドの髪を秋の淡い日差しに輝かせ、淡い水色のドレスに身を包んだ彼女は、どこからどう見ても「無害で愛らしい、本宮の第一王女」そのものである。

 

 第一側妃の背後に付き従い、国内貴族との縁組からは遠ざかり、王家が進める帝国との婚姻交渉に名を置く王女。だが本宮の貴族たちには、そこにリーゼロッテ自身の意思があるとは見えていない。彼女はただ、大人しく従順な飾られた花でしかなかった。

 

 それが、本宮の貴族たちがリーゼロッテに抱いている共通認識だった。

 

「王女殿下、本日のお茶は南方領のものと伺いました」

 

「ええ。秋の薔薇に合う香りだと聞きましたの。皆様のお口に合えばよろしいのだけれど」

 リーゼロッテは、ただ客人をもてなす王女のように微笑む。その笑みの奥で、今日の席次と話題の順序はすでに決まっていた。

 

 この庭園に集められた令嬢たちも、リーゼロッテにとっては客人ではない。流行に敏感で、噂話を何よりも好む彼女たちは、社交のつもりで笑い、語る。

 

 その声がセシリアの退路を塞ぐことなど、彼女たちは知らない。彼女たち自身もまた、流行に乗り遅れれば笑われ、王女の話題に応じ損ねれば、社交の輪から一歩遅れる側の者たちだった。

「王都で流行っているものを知らないと、父に叱られてしまいますわ」

「社交界では、知らぬことも恥になりますもの」

「王女殿下のお茶会で話題に遅れるわけには参りませんわね」

 

 リーゼロッテの斜め後ろ、大理石の柱が落とす影の端に、一人の給仕の侍女が控えている。

 

 ルリカである。リーゼロッテの影として同席している彼女は、給仕の制服に身を包み、一見すれば訓練の行き届いた従順な使用人でしかない。銀の盆には茶器が並んでいる。だが、彼女が立つ位置は、リーゼロッテの正面と庭園の入口、そのどちらにも目を配れる場所だった。

 

 彼女の視線は、茶菓子の減り具合など追ってはいなかった。ルリカの武人としての眼は、庭園に足を踏み入れる令嬢たちの歩幅、肩の強張り、視線の落ち着きを拾い続けていた。彼女にとってこの茶会は、リーゼロッテに近づく者の重心と呼吸を読み、危うい兆しを見逃さないための持ち場だった

 

   ◇

 

 やがて、庭園の入り口を飾る薔薇のアーチの向こうに、一人の令嬢の姿が現れた。

 宰相家の令嬢、セシリア・ミント・ヴェルメイユ。第一側妃宮の行儀見習いとして入っている彼女が姿を見せた瞬間、庭園のさざめきが不自然に途絶えた。

 

 茶会に集まった者たちの視線が、一斉にセシリアへ集まった。驚きを声に出す者はいない。宰相家の令嬢を前に、そのような無作法をする者はいなかった。ただ、扇の陰で伏せられた目と、わずかに遅れた微笑みだけが、彼女たちの動揺を示していた。

 

 セシリアの華奢な身体を包んでいるのは、上質な真紅の絹地に、第一側妃派を象徴する意匠を金糸で縫い込んだドレスだった。幾重にも重ねられたパニエが歩くたびに重い衣擦れを立て、胸元では大粒のルビーを連ねた首飾りが鈍く光っている。

 

 茶会の装いとは、本来、主人への敬意と自家の品位を示すものだ。だが、セシリアのドレスは違った。それは、彼女が宰相家の娘としてではなく、第一側妃宮の者としてこの場に立っているのだと、衆目に刻みつけるための印だった

 

 リーゼロッテは、ティーカップの縁に口を当てながら、冷ややかな瞳でその姿を見極めた。

(間違いない。あれはセシリア自身が好んで選んだ装いではない。第一側妃が自らの権威を周囲に見せつけ、セシリアを第一王子の側妃となるべき者として、衆目の前に据えるためにまとわせた衣装だ)

 

 もしセシリアに野心があり、自ら第一王子の側妃の座を望んでいるのなら、この衣装は屈辱ではなく、第一側妃派の後ろ盾を示す証になるはずだった。

 

 だが、ルリカの武の眼が捉えたセシリアの反応は、野心家のそれとはまるで違っていた。遠目に拾えるのは、足取りと呼吸と指先の震えだけで十分だった。触れずとも、彼女が望んでこの席へ来たのではないことはほとんど分かる。だが、確かめる機会はすぐに来た。

 

 それは、名誉ある王女の茶会に招かれた令嬢の反応ではなかった。逃げ場のない場へ押し出された者の反応だった。

 

「……よく来てくれましたわね、セシリア様」

 

 リーゼロッテはカップを静かにソーサーへ戻し、柔らかく、けれど逃げ道を与えない笑みでセシリアを迎え入れた。

 

 その声に弾かれたように、彼女は引き攣った顔で淑女の礼を取ろうとしたが、慣れない重いドレスと恐怖で足元がふらつき、危うく倒れかけた。すかさず、背後に控えていたルリカが音もなく進み出て、給仕が客を支えるだけの自然さでセシリアの肘を取った。

 

「お足元にご注意くださいませ、セシリア様」

 

 肘を支えた指先に、布越しでも分かる冷えと小刻みな震えが伝わった。遠目に拾ったものは、ここで確信に変わる。ルリカは肘を離す直前、ほんの一瞬だけ視線を伏せた。それだけで、リーゼロッテには伝わった。

 

 セシリアは青ざめた顔でルリカに小さく礼を言い、促されるままに、出席者全員の視線が自然に集まる王女の正面の席へと腰を下ろした。

 

「第一側妃宮での行儀見習い、大変ご苦労様ですわ。その美しいドレス、第一側妃様からの賜り物でしょう?第一側妃様が貴女をどれほど大事に扱っておいでか、この場にいる皆様にもよく分かりますわね」

 

 リーゼロッテの言葉に、周囲の令嬢たちが一斉に同調の声を上げる。

 

「本当に、見惚れてしまうほどお美しいですわ」

「第一側妃様からの御引き立て、羨ましい限りですこと」

 

 令嬢たちの賞賛には、無邪気な憧れと、隠し切れない嫉妬が混じっていた。セシリアは弁明の言葉を探すように乾いた唇を震わせた。違います、と言えば、第一側妃からの賜り物を侮ることになる。ありがとうございます、と言えば、その衣装を受け入れたことになる。

 

 称賛の輪に閉じ込められ、弁明の言葉すら奪われたセシリアを見据えながら、リーゼロッテは静かに目を細めた。

 

 逃げ道は閉じた。セシリアはもう、自分から場を離れることはできない。あとは、令嬢たちの好奇心を、ほんの少し望む方向へ向けるだけでよかった。

 

 リーゼロッテは、まるで今思いついたかのように小さく両手を合わせ、高く澄んだ声で告げた。

 

「そういえば皆様。最近、王都の民の心を掴んで離さない、素晴らしい純愛劇が劇場で上演されているそうですわね。わたくしも、是非一度拝見したいと思っておりましたの」

 

 その言葉が落ちた瞬間、セシリアの指先が膝の上で強く握り込まれた。王女はただ、流行の話題を口にしただけに見える。令嬢たちもまだ笑みを崩してはいない。だが、セシリアだけは知っていた。その一言が、自分を囲む檻の扉を、内側から閉ざす音であることを。

 

 

 

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