リーガル・レジスタンス 〜ファンタジー世界で立憲国家を求める〜   作:ムササビ・モマ

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第2話『無答の王宮5』

5 高官たちの無難な言葉

 

 ソフィア妃との茶席を辞した後、グラクトは間を置かず、高官たちとの面会を進めた。

 

 あの二人は、どれほど率直に見える時でも、結局は自らの宮の位置からしか語らない。第一側妃の宮と第三側妃の宮が、それぞれ何を不都合と見ているかは分かった。だが、それが王宮全体の、宮そのものではない立場からの読みと一致しているとは限らない。必要なのは、宮の当事者ではない者たちが、同じ構図をどう読んでいるかだった。

 

 宰相、内務卿、魔導卿。

 

 いずれも後宮の宮そのものではない。だが、政務や宮廷派閥の交点に立ち、それぞれの利害から王宮の動きを見ている者たちである。中立ではない。だからこそ、どこをぼかすかに利害が出る。

 

 彼らが何を強調し、何を避けるかを見れば、少なくとも今の王宮が何を争点としているか、その輪郭くらいは拾えるはずだった。

 

   ◇

 

 最初に会ったのは宰相だった。

 

 執務室は飾り気がなく、壁際に積まれた書類の量だけが、この男が王宮の流れを日々処理していることを示していた。宰相は起立し、第一王子への礼を尽くした。だが、その礼は過不足がないだけに、個人への親しみを含まなかった。

 

「お忙しいところ、時間を取っていただきありがとうございます」

 

「第一王子殿下のお求めであれば、当然のことにございます」

 

 礼の応酬は、過不足なく終わった。その整い方が、かえって逃げ道の多さを示していた。

 

「いま王宮で、何が最も重く見られているのでしょうか。第三王子殿下の御誕生なのか、それとも依然として第一王子である私の位置なのか。宰相閣下のお考えを伺いたい」

 

 宰相は一拍だけ目を伏せた。問いの露骨さに驚いたのではない。どこまでなら答えてもよいか、その場で返答の範囲を定めたのだろう。

 

「王家にとって最も重いのは、常に継承の安定にございます。新たな王子殿下の御誕生は慶事です。ですが、それによって直ちに何もかもが変わるわけではありません。いま現に王家の表へ立ち、学園を預かり、次代の視線を集めておられるのは、なお第一王子殿下でございます」

 

 だが、グラクトが知りたいのは、そこで終わる話ではなかった。

 

「では、その安定を乱すものは何でしょう」

 

 問いを重ねた瞬間、宰相の返答はさらに遅くなった。

 

「第一王子殿下が、特定のどこかへ過度に寄って見えることは、好ましくありますまい」

 

 誰へ寄るな、とも、第一側妃とも第三側妃とも言わない。宰相は、過度に寄って見えるなとだけ告げた。

 

「王家の柱たるお立場にある以上、殿下はご自身が秩序でなければなりません。どなたかの意向を受けて立っておられるように見えれば、それだけで周囲は勝手に先を読みます。政務の側は、そうした早読みを最も嫌います」

 

 その先は、どれだけ問うても同じだと分かった。宰相は責任を残さない言葉だけを置き、誰の名も机上に残さなかった。

 

   ◇

 

 次に会ったのは内務卿だった。

 

 この男の執務室は、宰相の部屋よりさらに実務の匂いが強かった。地方からの報告、徴税関係の帳簿、街道整備の写し、人員異動の覚えが、机上に隙間なく重なっている。内務卿自身もまた、継承争いの空気に身を置くというより、王国そのものを毎日壊さぬよう継ぎ合わせている顔つきである。

 

 グラクトが同じ問いを向けると、内務卿は宰相より少しだけ率直だった。

 

「第三王子殿下がお生まれになったことは、たしかに大きゅうございます。ですが、現に各所の命令系統と視線が集まっておりますのは、なお第一王子殿下でございます。学園にせよ、春の王都行事にせよ、次代の貴族たちがまず見るのは殿下です」

 

「では、いま争われているのは第一王子への影響力だと考えてよろしいのですか」

 

 グラクトがさらに踏み込むと、内務卿は少しだけ口元を引き締めた。

 

「影響力、という言葉は角が立ちましょう。ただ、第一王子殿下の近くに誰の声が届きやすいか、どの家が殿下の周囲へ人を置き得るか、その見え方によって王宮の動きが変わるのは事実でございます」

 

 それは、今日初めて聞く、実務の側から見た、少しだけ具体的な言葉だった。

 

 グラクトは、そこで頷きすぎないようにした。こちらが食いつけば、内務卿はたちまち言葉を閉じる。

 

 だが、内務卿はそこで止まった。ではその見え方が今どちらへ寄っているのか、と問えば、たちまち別の言葉で覆われた。

 

「もっとも、見え方は見え方にすぎませぬ。実際の御意思と、周囲の解釈とは、必ずしも一致いたしません。ゆえに殿下ご自身が、軽々しく特定の近さを許さぬことが肝要かと存じます」

 

 結局、内務卿もまた、話を一般論へ戻した。

 

『誰が自分へ影響力を持つように見えるか。その近さがどう読まれるか。だが、その“誰”を口にしない。口にした瞬間、その場で自分の利害が見えるからだろう』

 

   ◇

 

 最後に会ったのは魔導卿だった。

 

 この男の部屋は、宰相や内務卿とはまた違う静けさを持っていた。魔導器と古い記録が並び、匂いも紙と薬品が混じっている。学理の人間に見えるが、その学理を王家へどう役立てるかを計算する官であり、同時に第三側妃の宮の外廷における支柱でもあった。

 

 グラクトが同じ問いを置くと、魔導卿はしばらく黙った。すぐには答えず、問いを王宮の政争ではなく、王家そのものの性質へずらしてから、ようやく口を開いた。

 

「王家というものは、不思議なものでございますな。実際に何ができるかと、周囲が何をできると思い込むかとで、重みが変わる。今の第三王子殿下には、ご年齢ゆえに直接できることはほとんどございません。ですが、周囲はそこへ未来を見ます。反対に、第一王子殿下には現にできることが多い。ゆえに、現在の重みと未来の可能性が、同時に王宮の読みへ載っているように見える」

 

 比喩ではある。だが、ここまで来れば意味は明白だった。

 

『第三王子は、今の争点ではない。だが未来の名分として、見え方には影響する。その一方で、現実に各派が競っているのは、なお私への影響力の方だ』

 

「では、魔導卿は何を最も危ういと見ますか」

 

 グラクトが問うと、魔導卿は即答した。

 

「現在を担うお方が、未来の名分と同じ論理で扱われることです。第一王子殿下は、いま目の前の秩序を支える位置におられます。そのお方が、どこか一つの宮や家の色として固定されれば、他はたちまち“残り”になります。残りは、必ず別の拠り所を探し始める」

 

 グラクトが一派の王子に見えた瞬間、他派は第三王子を含めた別の可能性へ目を向ける。だからこそ、今の主戦場はなお第一王子への影響力であり、その配分をどう見せるかが王宮の均衡に直結する。

 

 魔導卿もまた、そこまでしか言わなかった。誰が優勢か、どこがどれだけ握っているかまでは、決して言い切らない。だが、言わぬところを除けば、三人の利害は異なるのに、触れた争点だけは奇妙なほど同じところへ集まっていた。

 

 面会を終え、自室へ戻る途中の回廊で、グラクトは長く息を吐いた。

 

 宰相は、特定のどこかへ寄って見えるなと言った。

 

 内務卿は、近くに誰の声が届くように見えるかで王宮は動くと言った。

 

 魔導卿は、第一王子が一派の色へ固定されれば、他は別の拠り所を探すと言った。

 

 それぞれの利害から触れている争点は同じだった。

 

『第三王子そのものを奪い合っているのではない。今の継承と次代の視線を担う自分へ、誰がどこまで影響力を持ち得るか。王宮が争っているのは、結局そこなのだ』

 

 誰も答えはくれなかった。

 

 だが、答えを与えぬこと自体が一つの答えでもあった。

 

 高官たちは、誰もこの場で、自分の利害を名指ししなかった。明かせば、それだけで別の派から足を引かれるからだろう。王宮では、誰の前でどこまで言ったか、そのものが、もう政治になる。だから彼らは、それぞれに都合のよい正論だけを置き、具体の名を避ける。

 

 だが、その無難さに混じる利害の濃淡を読めば、輪郭は出る。

 

 いま争われているのは、誰を次の王にするかではない。現に政務と次代の視線の中心に立っているのは、なお自分である。

 

 だから各派が争っているのは、誰が第一王子の背後にいると読まれるか、その影響力の所在なのだ。

 

 ヒルデガードは、それを第一側妃の宮へ引き戻したい。

 

 ソフィア妃は、それが第三側妃の宮から失われていないように見せたい。

 

 その二つを同時に見た時、グラクトはようやく、自分が何を選ぶべきかではなく、まずどの宮を選ばされたように見せてはならないかを理解した。

 

 だが、それでもまだ足りなかった。高官たちの言葉は、いま王宮が何を争っているかを示しただけで、なぜ自分がかつてその中心にいながら主体になれなかったのかまでは答えない。

 

 そして、その問いは高官たちに向けるものではなかった。彼らは現在の王宮を読めても、セオリスの暴走によって崩れた過去の配置を、主君の責任として断じる立場にはない。

 

 その過去を最も容赦なく知っているのは、ゼノビア侯爵だった。

 

 問うべきは、ゼノビア侯爵家がなぜ失脚したかではなかった。あの家の崩壊が、なぜ「第一王子の支柱を主君が処理したもの」ではなく、「第一側妃派の支柱が崩れたもの」として読まれたのか。その違いこそが、グラクトが自分の責任から逃げてきた証でもあった。

 

 以前のグラクトなら、ゼノビア侯爵のもとへは行けなかっただろう。責められることを恐れ、別の説明で自分を守ったはずだった。だが今は、逃げたままでは何も選べないと分かっている。

 

 だからこそグラクトは、ゼノビア侯爵のもとへ向かった。

 

 

 

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