リーガル・レジスタンス 〜ファンタジー世界で立憲国家を求める〜 作:ムササビ・モマ
1 第一王子派という発想
夜気は冷えていた。だが、頭の内側はむしろ熱かった。侯爵に切られた三つの罪が、そのまま胸の内で鳴っていた。危険性を知りながら、制御せず、事が起きた後も主として責任を引き受けなかった。その一つ一つが、夜気よりも冷たく、内側から彼を叩いている。
だが、侯爵が本当に突きつけたのは、その三つだけではなかった。自分は有力家門の支えを失ったのではない。最初から、自分のものとして持っていなかった。その言葉の方が、むしろ重く残っていた。
第一側妃の宮とゼノビア侯爵家は、たしかに以前の自分の側にあるように見えていた。だが、あれは自分の判断で動く配置ではなかった。第一側妃派が第一王子を担ぐために用いていた政治的な位置取りであり、自分はその中心に立つ旗であったにすぎない。だから、セオリス一人の暴走で、家ごと第一王子から切り離されたように見えた。
この認識は痛かった。だが、痛いからこそ目を逸らしてはならないとも思った。
ここまで聞いてなお、第一側妃派を立て直せばよいと考えるなら、それは何一つ分かっていないのと同じだった。そこへ戻れば、グラクトは再び中心に立つ旗になるだけである。主体として立つのではない。旧来の配置へ戻され、制度を変える側ではなく、制度に担がれる側へ戻るだけだった。
では、第三側妃派へ寄ればよいのか。そう考えかけた瞬間、グラクトはそれも違うと分かった。
ソフィア妃は自分を縛らなかった。だが、縛らぬまま留めようとしていた。あの余白の中へ留まる限り、第三側妃派は「第一王子になお触れ得る側」であり続ける。そこへ寄れば、今度は第三側妃派が、自分を自派の影響下にあるものとして見せるだけである。第一側妃派の旗から、第三側妃派の旗へ持ち替えられるだけだ。
どちらも同じだった。第一側妃派へ戻っても、第三側妃派へ寄っても、自分は誰かの均衡材料であり続ける。王家の安定という名で、どの派が第一王子へどこまで触れ得るかを配分する。その配置の中に置かれる限り、グラクトは王子であっても、なお自分自身の主人ではない。
レティシアが嫌悪したのは、まさにそこだったのではないか。王子の近くに置かれる女性が、ただ一人の女性として扱われない。生母であれ、奉仕者であれ、婚約者であれ、側妃候補であれ、感情や関係だけでなく、どの派閥が王子へどこまで触れ得るかの印にされる。人が人としてではなく、均衡を保つための部材として配置される。彼女は、それを拒んだのではないか。
その制度を変えたいのなら、まず自分がその制度の部材であることをやめなければならない。
ここでようやく、自分の課題が一つの形を取った。制度を変えるとは、王家の周囲に置かれる者たちを、既存派閥の均衡材料として配分される位置から切り離すことである。そしてそのためには、第一王子自身が、既存派閥のどこかへ配分される側であってはならない。
ならば必要なものは何か。答えは一つしかなかった。第一側妃派でも、第三側妃派でもない。自分自身の責任の下にある独立した第一王子派である。
そこまで言葉にした瞬間、思考がようやく一本に繋がった。
第一王子派とは、名前だけの派閥ではない。母の派でも、側妃の派でも、婚約者の家の派でもなく、第一王子グラクト自身の判断で動く仕組みを持つということだ。誰かの後ろ楯を借りて立つのではない。自分の周囲を、自分の責任で動くものとして組み直す。
その骨格を考えた時、まず必要になるのは、第三側妃派一強の見え方を削ぐことだった。
いま王宮では、ソフィア妃と魔導卿家が、第一王子にも第三王子にも強く触れ得るように見えている。その見え方が進めば、実務官僚の一部は「今は第三側妃派へ配慮するのが得だ」と読み、逆に他派は「このままでは将来締め出される」と読んで反発を強める。追従と反発が同時に進む。その両方が進むから、均衡は崩れる。
王妃が恐れるのも、そこだろう。第三側妃派が強いこと自体ではない。第三側妃派が王家の中心を独占しているように見え、その見え方に実務や人心が引かれていくことこそが、継承秩序そのものを不安定にする。
ならば、自分の側には、第三側妃派とは別の有力な支柱が必要になる。
そこで最初に浮かぶのが、ゼノビア侯爵家だった。
近衛騎士団長家であり、第一側妃の実家でもあるが、今は失脚して宙づりになっている。宮廷の誰もがその不在を知っており、しかも王宮の見え方へ与える影響は大きい。必要なのは、昔の第一側妃派を復元することではない。第三側妃派とは別に、第一王子の側へ接続し得る有力家門があると見せ直すことだ。そうであれば、ゼノビア侯爵家は接続し直しやすく、見え方への効果も大きい。
『次に必要なのは、第一王子の判断を、周知させ、第一王子の影響力をコントロールするため必要な人物達であるだ』
制度を変えるとは、それらを実際に動かすことだ。つまり、自分の意志を知る実務の機構が要る。さもなければ、せっかく作った構想も、宮廷の慣例の中で骨抜きにされる。
そこでは、エドワルドの存在が大きかった。議長家の子息が、側妃派を経由せず、第一王子本人の側へ直接入っている。そのこと自体が一つの意味を持つ。王妃にとっても、第三側妃派以外の回路が第一王子へ届いているという事実は、均衡材料になるはずだった。
だが、話はそれだけでは終わらない。
学園の制度設計と裁判運営、その深いところで、常に見え隠れする影がある。リュートである。
表向きには、あの弟は兄の復権を助けるように動いている。実際、学園裁判も学則も、結果としては第一王子グラクトの威信を高めた。だが同時に、その動きはいつも、自分を楽にするのではなく、むしろ責任と重圧を背負わせ、逃げ場を潰す方向へ働いている。
自分へ報いを求めているのか。それとも、別の意図があるのか。今のグラクトには、まだ判じ切れなかった。
ただ一つ確かなのは、いまの自分がなお、リュートの思惑の内側で動かされている側でもあるという事実だった。ならば必要なのは、あの弟の真意を当てることではない。何を考えていようと、自分が自分の意思で立てる位置を作ることだ。
『そして、最後に必要なのは次代だった。』
ここで初めて、学園が意味を持った。
学園は王宮ではない。だが、次代の貴族たちが集まり、何を便利と感じ、誰の下にいると得をするかを覚える場所ではある。裁判長として立ち、学園統治へ手を入れた今の自分には、そこだけは母でもソフィア妃でもない、自分自身の印がわずかにある。身分より規則と記録の方が使える。第一王子の下にいると、その秩序が実際に動く。次代の貴族たちがそれを身体で覚え始めれば、それ自体が将来の支持基盤になる。
ゼノビア侯爵家という有力家門、エドワルドを核にした実務の回路、そして学園での裁判と統治。まず骨格として必要なのは、この三つだった。
そこまで考えて、グラクトはようやく、なぜ今の自分がレティシアへ手を伸ばせぬのかを、前よりもはっきり理解した。
彼女を迎えること自体が問題なのではない。
今の自分が迎えれば、その瞬間に彼女もまた、どの派閥が第一王子へどこまで触れ得るかを示す材料へされる。第一側妃派の埋め草にも、第三側妃派への牽制にも、王妃の均衡調整の材料にもなり得る。そうなれば、彼女へ新しい立場を与えるどころか、既存の制度の中へ、自分の手で押し込むことになる。
それだけは、してはならなかった。ならば順序は明白だった。まず、自分の周囲を自分の責任で動くものへ組み直す。既存派閥のどちらにも回収されぬ第一王子派を作り、有力家門、官僚機構、次代の支持を、自分の名の下へ束ねる。その上で初めて、王家の女の置き方を変える話ができる。
制度変更とは、言葉で宣言することではない。既存の均衡を押し返してもなお、自分の決定を通せる位置を持つことだ。その位置なくして、一人だけを選ぶ、均衡材料として女を置かないと言っても、ただの子供の我儘として潰されるだけだろう。
必要なものは見えた。問題は、それをどう現実へ降ろすかである。ゼノビア侯爵家をどこまで戻せるのか。エドワルドを核とする官僚機構をどう固めるのか。学園で掴んだ次代の流れを、どう王宮の外まで延ばすのか。その順を考えた時、呼ぶべき相手は一人しかいなかった。
エドワルドである。
あの男は旧秩序の人間だ。だが、だからこそ旧秩序がどこで人を縛り、どこでしか動かせぬかを知っている。第一王子派という発想を、絵空事ではなく実務へ落とすには、あの男の知恵が要る。
必要なのは、第一側妃派の復権ではない。第三側妃派への接近でもない。独立した第一王子派を、実務として立ち上げることだった。
その結論だけが、ゼノビア侯爵の断罪の後に、ようやく掴んだ前進だった。