リーガル・レジスタンス 〜ファンタジー世界で立憲国家を求める〜   作:ムササビ・モマ

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第3話『神輿からの脱却3』

3 王子の婚約者

 

「では、王家の制度を変えるのであれば、他の条件も並行して整理せねばなりません。第一に、侯爵家だけに頼らない独立派閥の形成です。侯爵家一つ戻しても、それだけでは第一王子派にはなりません」

 

 侯爵家を戻しても、それだけでは第一王子の周囲を他派に使わせない仕組みにはならない。誰が近づき、どの家の意向を背負うのか。その意味を見誤らず、必要なら拒む者が要る。エドワルドをその核に置く意味も、そこにあった。

 

「第一王子派とは、殿下の周囲を、他派に勝手に使わせないための枠です。誰がどのような立場で近づくにせよ、その者がどの家の意向を背負うのかを殿下が把握し、殿下の責任で扱いを定める。ゼノビア侯爵家の件は、その最初の実例にすぎません。他の侯爵家が人や縁を差し出してくる場合も同じです。殿下の近くへ置く以上、それは家の都合ではなく、殿下の責任で扱うことになります」

 

 ゼノビア侯爵家の名は、まだ具体的だった。失った武を、自分の責任で戻す。その話なら、痛みを伴ってでも理解できる。だが、エドワルドが示した枠は、一つの侯爵家に限らない。第一王子の近くに置かれる者は、誰であれ一つの家の意向を背負ってくる。その対応もまた第一王子の名で問われる。

 

「……ゼノビアだけでは済まないのだな」

 

「はい。殿下の近くへ置く以上、どの家の者であれ、殿下の責任で扱うことになります。また、その責任を負えるかどうかが、殿下が第一王子として立つ条件だと私は考えます」

 

 第一王子の周囲を他派に使わせないという話は、武や側近だけで終わらない。もっとも近く、もっとも長くその位置を占めてきた者がいる。王子の婚約者という名で、王家の実務まで担い始めていた令嬢だった。

 

「次に避けて通れないのが、ヴィオラリア・オルネ・クロムハルト嬢です。婚約について、殿下の側だけで扱うことはできません。クロムハルト家へ王家としてどの筋を通すか。王妃候補として担ってきた役目を、王妃殿下の管掌を侵さずどう整理するか。まずはそこです」

 

 エドワルドの整理は、どこまでも家と役目の話だった。クロムハルト家へどの筋を通すか。王妃候補として預けられた実務を、王妃の管掌を侵さずどう整理するか。貴族の婚約を扱うなら、それは当然の順序である。だからこそ、グラクトは言葉を失った。

 

「その筋は分かる。だが、それだけでは足りない。将来の伴侶とされているヴィオラリアでさえ、婚約者という立場でしか見ていなかった。私がレティシアを望む以上、彼女にも一人の人間として筋を通すべきだと思う」

 

 エドワルドはすぐには答えなかった。主君の言葉が、家と王妃の処理から外れたことを、慎重に測っている沈黙だった。

 

「王族・貴族の婚約は、家と王家の取り決めです。貴族は家長が王家に対する責任を持つからこそ、家中の者を取りまとめる権限を持つのです。令嬢本人の望みだけで動くものではありません」

 

「分かっている。だが、それでも聞かずに決めれば、私はまた、王家の都合で彼女を動かすことになる」

 

 その言葉に、エドワルドはわずかに顎を引いた。制度の筋は崩せない。だが、制度を理由に一人の女性を見ないまま処理すれば、第一王子として責任を引き受けるという言葉も空になる。グラクトがその危うさを自分で口にしたことだけは、認めるほかなかった。

 

「制度上の手続ではありません。ですが、殿下が第一王子として責任を引き受けるというなら、それは殿下ご自身の責任の取り方です。ただし、ヴィオラリア嬢の言葉を聞いたとしても、それだけで婚約を動かせるわけではありません。クロムハルト家と王妃殿下への筋は、別に通す必要があります」

 

 自分も同じ順序でしか、ヴィオラリアを見ていなかった。夜会でも式典でも、彼女は第一王子の隣にいた。恋情ではない。だが、そこにいることを当然としてきた相手だった。レティシアを迎えたいと口にしながら、その願いによって彼女が何を失うのかを、本人の言葉で確かめようともしていなかった。

 

 あの夜、ヴィオラリアは不敬の免除を求めた上で、レティシアを傍に置くならどのような立場を与えるのかと問うた。王子という立場にいた自分を、一人の人間としての問いへ引き戻したのは、彼女だった。

 

「分かっている。ヴィオラリアの言葉だけで婚約を動かせるとは思っていない。だが、本人に聞かぬまま、この件を進めるつもりもない。まずは定例の茶会で、王子と婚約者としてではなく、私自身の言葉で話す」

 

 今すぐ婚約を動かすことはできない。クロムハルト家への筋も、王妃の管掌も、まだ何一つ整っていない。だが、本人の言葉を聞かずに処理しない。その一線だけは、この場で定めることができた。

 

「もう一つ、学園での振る舞いです。学園にいるのは、次代の王国を担う者たちです。そこで何を当然の基準として覚えさせるかは、卒業後の王宮にも響きます」

 

 学園は、まだ王宮ではない。だが、王宮へ入る前の貴族たちが、誰の判断に従うべきかを覚える場所でもある。しかも、グラクトは第一王子であり、王位に最も近い者として見られている。学園で示された規範が、いずれ王国全体へ広がると読む者は必ず出る。目端の利く家ほど、その芽に早く近づこうとするだろう。

 

 それは第一王子派を広げる力になる。同時に、欲だけで近づく家を制御しなければ、また別の派閥に名を使われることにもなる。だからこそ、学園で根づかせるべきなのは、単なる人気ではない。第一王子の下では、規範に従わねばならないという感覚だった。

 

「殿下が学園裁判で示したのは、私的な横暴を許さず、記録と手続に基づいて裁くという規範です。品位という言葉だけで押し切るのではなく、その内容を具体化して誰が見ても従わざるを得ない形にする。その積み重ねが、殿下の権威になります」

 

 エドワルドはそこで、今期の裁定だけで話を終わらせなかった。刑事の裁定は、王子の名で処罰を下したという実績になる。だが、それだけでは日常の利害を動かす規範には届かない。

 

「今期は刑事の裁定に限られましたが、来期に民事へ広げられます。学生たちの日常の利害にまで、殿下の規範が及ぶことになります」

 

 処罰だけでは、人は恐怖して遠ざかる。だが、日々の利害を裁く基準になれば、それは避けられない秩序になる。

 

「そこで裁定を重ねれば、殿下に従うことは、一時の処分ではなく、学園の秩序として身につきます。第一王子派を名だけで終わらせないためにも、学園裁判は利用すべきです。次代の者たちに、殿下の下では規範が働くのだと覚えさせる。それが、王宮へ戻った後の求心力になります」

 

 グラクトは、示された条件を整理し、何から手をつけるべきかが、ようやく見えてきた。

 

「つまり、私の周りを、他派の都合で使わせないことだな。ゼノビア侯爵家だけではない。私の近くに置く以上は、私の責任で扱う。ヴィオラリアについては、クロムハルト家と王妃殿下への筋を外さない。だが、本人の言葉も聞かずに処理しない。学園では、私の裁定を一時の処分で終わらせず、私に近づく者にも従わせる規範として残す」

 

 エドワルドの表情には、依然として微かな冷たさが残っていた。

 

「そこまでお考えなら、私についても同じです。私は殿下の側近です。ですが、カルネリア家の嫡男でもあります。殿下が私を近くに置くなら、それはカルネリア家の名が殿下の側に見えるということです。私を便利な文官としてだけ使うなら、カルネリア家の名だけが殿下の側に残ります。そうなれば、殿下はまた、自分の知らぬところで家の意味を背負わされる」

 

 それは、グラクトへの確認であると同時に、エドワルド自身が差し出す条件でもあった。ヴィオラリアを婚約者という立場だけで扱わないと言うのなら、エドワルドもまた、側近という立場だけで扱える駒ではない。そこにも家があり、名があり、見え方がある。

 

「分かっている。お前を側に置くなら、その責任は私が引き受ける。そして、お前に頼む。私の名が、私の知らないところで使われぬようにしたい」

 

 エドワルドは、そこで初めて深く頭を下げた。

 

「承りました。最初にその言葉をいただいたことを、カルネリア家の者として誉れといたします。では、まず示すべき相手はゼノビア侯爵本人です。殿下が自分の近くに置く武を、今度こそ自分の責任で扱うと言えなければ、陛下と王妃殿下へ進言しても通りません。そのために、侯爵家へ再度の面会を整えます」

 

 頭を下げたエドワルドを見て、グラクトはようやく理解した。これは、側近へ命じる話ではない。家の名を持つ者に、自分の責任の内へ入ってくれと頼んだのだ。その重さを受けたうえで、なお最初に向き合う相手は変わらなかった。

 

「次は、赦しを乞いに行くのではない。どう戻すかを詰めるために会う」

 

 その言葉に込められた支配者としての意志を確かめると、エドワルドは一言も発さず、静かに退室していった。

 

 閉ざされた扉を前に、グラクトは白紙に残された最初の項目を見つめた。

 

 今動かすべきものは、学園でも婚約でもない。ゼノビア侯爵本人を説き、王と王妃に限定復帰を認めさせることだった。第一王子派の形も、婚約者の扱いも、その先でしか現実にはならない。

 

 まず、失った武の責任を自分の言葉で引き受ける。その一点に、今は全身を傾けるしかなかった。

 

 

 

 

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