リーガル・レジスタンス 〜ファンタジー世界で立憲国家を求める〜 作:ムササビ・モマ
4 ゼノビア侯爵への再訪
翌朝、グラクトはエドワルドを伴い、再びゼノビア侯爵家の別邸を訪れた。
前夜と同じ道を通りながら、その足取りに迷いはなかった。昨日は、自分が何を誤ったのかを切られるために来た。今日は違う。昨日、侯爵から問われたのは、自分がどこで旗であることに甘んじたのかを、自分の言葉で定められるかどうかだった。
昨日突きつけられた問いへの答えは、すでに胸の内で形を得ていた。自分は、セオリスを危険な武として知りながら、自分の責任で制御しなかった。ゼノビア侯爵家もまた、自分が責任を負って側に置いた家ではなく、第一側妃派が自分を担ぐために置いた家だった。その誤りを認めた上で、今度は第一王子として、人と家を自分の責任の下に置く。今日は、その覚悟を侯爵に示すために来たのである。
通されたのは、昨日と同じ応接間だった。武具台、短槍、儀礼剣、余計な飾りのない広さが、何を残し、何を削るかを示している。侯爵もまた、昨日と同じように席についていた。礼は尽くすが、それ以上のものは置かない。その変わらなさが、今はむしろ都合よかった。ここでは情で話が濁らず、差し出した言葉は、そのまま責任として量られる。
「昨夜の続き、という理解でよろしいですな」
「本日は、昨日いただいた問いに、私自身の答えを持って参りました。私は、セオリスを危険な武として知りながら、自分の責任で制御しませんでした。ゼノビア侯爵家もまた、私が責任を負って側に置いた家ではなく、第一側妃派が私を担ぐために置いた家でした。そこを誤りました。だからこそ私は、第一側妃派に戻るのではなく、第一王子として、自分の近くに置く家と人を、自分の責任で扱う形を作りたいのです」
侯爵は遮らず、頷きもしなかった。昨日なら、その沈黙は断罪のためにあった。だが今日は、グラクトが失態を認めただけで終わるのか、それとも、その失態を踏まえたうえで侯爵家に何を求めるのかを待つ沈黙だった。グラクトは、その沈黙を受けたまま、飾る言葉を置かなかった。
「私は、侯爵家に、私の後ろ盾となっていただきたい。第一側妃派の後ろ盾としてではありません。私を担ぐための旗の支柱としてでもありません。第一王子である私が、自分の責任で側に置く家として、侯爵家に戻っていただきたいのです」
最初に置いたのは、飾った理屈ではなかった。侯爵の目が、わずかに細くなる。怒りではない。その言葉がどれほど危ういものかを、聞いた瞬間に量る目だった。
グラクトは、そこで言葉を止めなかった。ここで都合のよい部分だけを差し出せば、昨日と同じになる。自分に不利なものを言葉の外へ置き、あとから責任だけを逃れる。その逃げを、侯爵は許さない。
「それだけではありません。侯爵家が戻り、王都の治安が立て直されれば、その功は侯爵家だけのものにはなりません。私が侯爵を説き、陛下と王妃へ進言した結果としても読まれます。私は、その実績も欲しています。ですが、欲しているからこそ、侯爵家を昔の形で戻すことはできません。第一側妃派の復権に見えれば、私はまた別の旗にされる。そこを避けなければ、昨日の問いに答えたことにはなりません」
エドワルドは口を挟まなかった。ここは側近が言葉を整える場ではなく、グラクト自身が、何を欲しているのかを侯爵へ差し出さなければならない場だった。
「ですから、私が求めるのは、侯爵家の全面復帰ではありません。第一側妃派の旧い家職に戻すのではなく、王都治安と近衛に残った空白を埋めるため、王家へ示せる実働範囲を侯爵家から出していただきたいのです」
侯爵はすぐには返さなかった。グラクトの言葉が、悔悟だけではないことを聞き分けていた。そこには願いがあり、利があり、同時に、侯爵家を再び王宮の争いへ引き戻す危うさがあった。
「殿下に都合のよい話ですな。我が家を後ろ盾にし、我が家が戻って王都が落ち着けば、その功も得たい。だが、王都治安そのものの責任は負えない。私には、そう聞こえます」
「その通りです。王都治安そのものの責任を、私が負うとは言えません。私には、その権も、その実務もありません。私が負えるのは、侯爵家を戻すべきだと陛下と王妃へ進言する責任と、その進言によって得る功も批判も受ける責任です。私の周辺へ置かれる武についても、王家へ求める範囲を明らかにした上で、その結果を引き受けます」
そこで初めて、グラクトは侯爵を真正面から見た。
「私は、侯爵家の力を私のために用いに参りました。その事実は隠せません。だからこそ、侯爵家を第一側妃派の武として戻すのではなく、王家に示せる実働と、私が負える責任とを分けて差し出す必要があります。その条件でしか、私は侯爵家に戻っていただきたいとは言えません」
長い沈黙が落ちた。
侯爵は怒らず、許しもしなかった。ただ、差し出された言葉を量っていた。美名で包んだ願いではない。だが、侯爵家を再び王宮の争いへ入れる願いであることに変わりはない。その危うさを、グラクトがどこまで自分の責任として理解しているのかを見ていた。
「殿下は、我が家が戻る利を、殿下ご自身の利として数えておられる。そして、その危うさも分かっておられる。ならば、我が家がどこまでなら戻れるのかを、我が家の側から示せということですな」
「はい。その理解で相違ありません。私が一方的に決めれば、それはまた、王子の都合で侯爵家を動かすことになります。ですから、近衛と王都治安に残った空白については、侯爵家が王家へ示せる実働範囲を出していただきたい。失った権限をそのまま返す話でも、第一側妃派の旧い家職へ戻す話でもないと、王家の前で言える形にするためです」
侯爵は背をわずかに起こし、目を伏せた。
王都治安と近衛に空白があることは、侯爵にも分かっている。戻れば、武門として立つ場は戻る。だが、その復帰は同時に、第一王子の後ろ盾として読まれる。恩ではない。王家へ差し出せる名目と、侯爵家が負う危険とを量る取引だった。
侯爵が再び目を上げた時、その視線は昨日と同じように厳しかった。だが、断じるためだけのものではない。条件を置く前に、王家へ差し出せる話かどうかを量る目だった。
「殿下が求めておられるのは、我が家の全面復帰ではありますまい。王都治安と近衛に残った空白については、我が家が王家へ示せる実働範囲を出す。一方で、殿下の周辺に配される武については、殿下が関与し、その結果を引き受ける。殿下は、そこを切り分けたいと仰るのですな」
そこで、エドワルドが初めて口を開いた。主の言葉を飾るためではなく、王家へ持ち込める条件として、いまの話を実務に落とすためだった。
「侯爵。王家へ出すなら、二つを分ける必要があります。侯爵家には、王都治安と近衛の空白について、どの実働なら引き受け得るかを示していただく。一方で、第一王子殿下には、ご自身の周辺へ置かれる武について、選抜案を上申し、拒否できる余地を認めていただく。この形なら、殿下の欲ではなく、王都安定と継承秩序に資する案として王家へ持ち込めます」
「議長家の子息らしい。殿下の欲を、王家に出せる条件へ分けるか」
「必要な分け方です。隠せば、侯爵家はまた利用されたと読み、出し過ぎれば、王家は殿下の暴走と読む。ですから、侯爵家が担う実働と、殿下が引き受ける責任を分けて示す必要があります」
侯爵はしばらく黙り、やがて低く言った。
「よろしい。殿下がそこまで分けて仰るなら、我が家にも王家へ示せる名目はあります。王都治安と近衛に空白がある以上、武門として応じる理屈は立つ。第一側妃派の旧い家職へ戻るのではなく、王家の安定に資する実働としてなら、検討の余地はありましょう」
グラクトがすぐに頷こうとしたところで、侯爵はそれを許さなかった。
「ただし、まだあります。殿下がいま仰った責任は、この場の言葉だけでは足りませぬ。第一王子の周辺に置かれる武について、殿下が関与し、その結果を引き受けるというなら、それを陛下・王妃の前で宣言していただく。選ぶ余地を持たぬ主の下では、武はまた別の家の意向を背負う。昨日と同じ逃げを避けるなら、殿下ご自身の品位を賭けて宣言されねばなりませぬ」
侯爵が求めたのは、責任を負うという返答そのものではなかった。その責任を、陛下と王妃の前で、自らの品位を賭けて宣言しろということだった。
頷くだけで済む話ではなかった。
「お受けします。侯爵家の復帰が王都を落ち着かせれば、その功は私の実績にもなります。だからこそ、その利を得る者として、私は陛下と王妃の前で責任の範囲を明らかにします。侯爵家の復帰は、第一側妃派の旧い家職へ戻すのではなく、王都治安と近衛の空白を埋めるための実働に限ること。私の周辺へ置かれる武については、王家が認める範囲で私が関与し、その結果を引き受けること。その条件を、私の進言として王家へ差し出します」
侯爵はしばらくグラクトを見ていた。それは短い承諾ではなく、自分が得るものまで言葉にした上で、それを王家の前に残すと認めた言葉だった。
それを確かめてから、侯爵はほんの僅かに頷いた。
「ならば、我が家から案を出しましょう」
その一言で定まったのは、復帰そのものではなかった。侯爵家が、王家へ示すための実働範囲を出すところまでである。グラクトは、その案を陛下と王妃へ進言する責任を負う。自分の周辺へ置かれる武についても、王家に認められた範囲で関与し、その結果を引き受けることになる。
別邸を出た後、しばらくは誰も口を開かなかった。朝の冷えた空気の中、先に沈黙を破ったのはエドワルドだった。
「これでようやく、陛下と王妃へ進言する前提ができます」
昨日、自分は切られた。今日は、その断罪から逃げず、侯爵家に王家へ示す実働案を出してもらうところまで進めた。
次に定めるべきは、その案を王家へ進言する言葉だった。侯爵家が担う実働と、第一王子が引き受ける責任を分けて示さなければ、王と王妃の前では通らない。
「この線で、陛下と王妃へ申し上げる」
エドワルドは小さく頷いたが、その表情は緩まなかった。侯爵家に検討させるための言葉と、王宮へ差し出す言葉は違う。
「はい。侯爵には、家と武の責任として話した。王と王妃に出す時は、継承秩序と王都安定に資する案として示さねばなりません」
それでも、進言すべき骨子は定まっていた。ゼノビア侯爵家が示す限定復帰の実務案。そして、その復帰と一体で王家に認めさせるべき、第一王子付き近衛の選抜案上申権と拒否権である。
それは、侯爵家を戻すための褒賞ではない。自分が得ようとしている利を隠さず、自分の手が届く範囲の責任を引き受けるための条件だった。