リーガル・レジスタンス 〜ファンタジー世界で立憲国家を求める〜   作:ムササビ・モマ

355 / 361
第3話『神輿からの脱却6』

6 選択の責任

 

 翌日、ゼノビア侯爵が王宮へ召し出された。

 

 場所は大広間ではなく、中規模の謁見場だが、王家の正式な裁可を示す場である。列席者の多くは、侯爵家がこの場へ呼ばれた理由をまだ測りかねていた。

 

 謹慎の解除か。旧職への復帰か。あるいは、さらに重い処分か。王都治安と近衛実務に関わる者たちは、王の言葉を聞くまで、誰も確定した答えを持てない。ただ一つ分かっているのは、王家がこの場で、ゼノビア侯爵家の扱いを公に定めるということだけだった。

 

 国王ゼノンは、裁可文を開く前に、一度だけ列席者を見渡した。王都治安に関わる者、近衛の実務を預かる者、宮廷家職侯爵家の代表。その視線を受け止めてから、ようやく文書へ手を伸ばす。

 

 ゼノビア侯爵が呼び上げられた。列の中から進み出た侯爵は、謹慎の間に姿勢を崩した気配を微塵も見せなかった。玉座の前で膝を折り、深く頭を垂れる。ゼノビア侯爵は、謹慎の処分中の身ではあるが、侯爵家の当主として列席者に動揺を見せなかった。

 

 王が下した言葉は、感情を挟む余地を持たなかった。

 

「ゼノビア侯爵。第一王子グラクトより、ゼノビア侯爵家停職後の王都巡察、夜警再編、近衛内部の規律について進言があった。余はこれを受け、汝に対して下していた謹慎を、本日をもって解く」

 

 この発言は、侯爵家の復帰として受け取る余地があった。

 

「ただし、これは旧職への復帰ではない。王都巡察、夜警再編、近衛内部の規律立て直し、ならびに治安出動の臨時統括に限り、当面の秩序回復のため、限定して実務を命ずるものである」

 

 謹慎解除の一語で緩みかけた列席者は、続く文言で姿勢を改める。王が示したのは、当面の秩序回復に限った任務だった。

 

 同時に、列席者は、第一王子グラクトの進言が王命として採られたことを知った。ゼノビア侯爵家の限定復帰は、侯爵家だけの処遇ではなく、第一王子が王宮実務へ手を届かせる最初の例になった。

 

 近衛副長の一人が、誰よりも早く姿勢を正す。それを合図にしたように、近衛側の列がわずかに締まった。近衛騎士団の一部が、王命によってゼノビア侯爵の指揮下へ戻されたからである。

 

「汝には、王都巡察、夜警再編、近衛内部の規律立て直し、ならびに治安出動の臨時統括を命ずる。これを超える職務は、従前の分掌に従うものとする。加えて申し渡す。本件は、臨時の任用であるゆえ、私的な口添え、横槍、系統外からの介入は許さぬ」

 

「御意にございます」

 

 王家が指揮命令を限ったことで、ヒルデガードがゼノビア侯爵家の名を後宮政治の交渉材料として使う道は狭められた。

 

 続いて王は、グラクトに向き、第一王子に認める上申権を公にした。

 

「また、第一王子グラクト・アルバ・ローゼンタリアの周辺に配する近衛については、同王子に選抜案の上申の権限を認める。ただし、裁可は余が下す。これは、進言した者に、自らの近くへ置く武を、王族の品位に従わせるためである」

 

 国王の視線が、そこで初めてグラクトへ向いた。

 

「王族の側に置く武である。ただ剣が立つ者を選ぶな。汝を守り、汝の品位を支え、必要な時には汝の前に立てる者を選べ。第一王子の近くに置く武は、汝の品位の一部として見られることを心得よ」

 

 続いて、王妃マルガレーテは、国王の言葉を受けて静かに続けた。

 

「グラクト殿下、期待しております。殿下が御自ら近くに置く者を選ぶなら、その者たちの振る舞いは殿下の品位に映ります。殿下を守り、命令系統を乱さず、必要な時には殿下の前に立ち、殿下を誤らせぬ者をお選びなさい」

 

 王妃の声は穏やかだった。だが、その言葉を受けたグラクトの背筋は、先ほどより深く伸びた。王妃は、グラクトが第一王子として自分の近くに置く者を選べるかどうかを見ていた。ここで王宮側の足場を示せなければ、別の家を使って均衡を取り直すと言外に言っているのだ。

 

   ◇

 

 謁見が終わると、侯爵は、王命で命じられた範囲を確認するため、近衛副長、夜警統括、内務卿配下の治安担当官、宰相府連絡役を集めた。

 

「王都巡察、夜警再編、近衛内部の規律立て直し、治安出動の臨時統括。命じられた範囲はこの四つだ。曖昧なまま責任を散らす運用は、今日で終わりだ」

 

 近衛副長は、すぐに手元の記録へ目を落とした。巡察報告と夜警報告は本日中に一本化する。倉庫街と南西裏路地の報告は、夜警統括から侯爵へ上げる。近衛内部の規律点検は、副長が責任者の選任を洗い直す。

 

 侯爵が不在の間、彼らが何もしていなかったわけではない。ただ、王都巡察と夜警再編については、宰相府、内務卿、近衛副長が暫定的に分け持つ形になっていた。王命によって、その部分の実務判断が、ゼノビア侯爵のもとへ戻ることになった。

 

 会議の半ば、一度だけ侯爵がグラクトへ向き直った。

 

「殿下。第一王子付き近衛の候補一覧です。お持ち帰りの上、後日、上申案をお示しください」

 

 候補一覧は、近衛側が王家の人事経路に従ってまとめた資料を、侯爵がこの場へ上げさせたものだった。

 

「預かります。私自身が上申する以上、勤務記録だけでは選べません。推薦元と派閥との距離も確かめた上で、上申案をお返しします」

 

 ゼノビア侯爵家が王都治安を立て直せば、進言したグラクトの王宮派閥の足場も強まる。第一王子付き近衛は、その足場を宮廷へ見せる人事でもあった。誰を近くに置くかによって、グラクトが第一側妃派に戻るのか、自分を中心に第一王子派を立てるかの分水嶺である。

 

   ◇

 

 騎士団詰所からの帰り道、候補一覧を預かったエドワルドは、馬車の中で一枚目の名に目を落とした。

 

「これだけで選ぶのは危険ですね。家格と勤務記録だけでは、その者が誰の意向で殿下の側に立つのかまでは見えません。ゼノビア侯爵家が治安を立て直せば、復帰を進言した殿下の品位も宮廷に示されます。だからこそ、第一王子付き近衛は、第一側妃派の武ではなく、殿下ご自身が選んだ武として見える者でなければなりません」

 

 グラクトも異論はなかった。今のグラクトに必要なのは、ゼノビア侯爵家を王宮実務へ戻し、自分をトップとする第一王子派の足場を作ることだった。エドワルドの指摘は、近衛選抜をその目的に結びつけるものだった。

 

「それだけでは足りないだろう。さらに、推薦元、交友関係、金銭の乱れ、勤務態度。そこまでは調べて欲しい。私が近くに置く以上、その者の動きは私が望んだ結果として見られる。加えて、背後の貴族の存在はもちろんだが、近衛となった後に私ではなくエドワルドに近づく者も現れる可能性がある。貴族院議長家との関係についても確認してほしい」

 

「承知しました。候補者ごとに、実績と推薦元を確認します。あわせて、背後にある家門との関係も確認します」

 

 グラクトは、候補者の家格だけで決めないと定めた。推薦元、派閥との距離、第一王子の側に置いた時の見え方を確かめてから、上申する者を選ぶ。

 

 その日のうちに結論を出せる話ではない。グラクトは、すぐに名を選ばなかった。ここで選ぶ者は、第一王子の近くに立つ武として宮廷に見られる。だからこそ、早く決めることではなく、自分の近くに置くと決められる者を選ぶことが必要だった。

 

 

 数日後、エドワルドは候補一覧を携えてグラクトの部屋へ戻った。机の上には、侯爵から預かった名簿と、エドワルドが集めた調査書が重ねられている。

 

「勤務実績で問題のない者が三名。推薦元に第一側妃派の色が濃い者が一名。第三側妃派と近い家から押されている者が一名。家格は足りるものの、第一王子付きに置けば派閥の伝令と読まれかねない者が一名です」

 

 グラクトは調査書に目を落とし、候補者の名と推薦元を見比べた。第一側妃派に近すぎる者を置けば、ゼノビア侯爵家の復帰がヒルデガードの復権として読まれる。第三側妃派に近すぎる者を置けば、第一王子派は魔導卿の影に見える。

 

「近衛として問題のない者はいる。だが、私の側に置く武を束ねる者として見ると、この一覧では足りないな」

 

「はい。殿下付きの近衛として置ける者と、第一王子付き近衛を束ねる者は分けて見るべきです。勤務実績は必要条件にすぎません。殿下の目的を知った上で、王家一般ではなく殿下御自身につく者でなければ、中心には置けません」

 

 第一王子付き近衛を束ねる者は、単に扉前に立つ近衛では済まない。ゼノビア侯爵家が王都治安と近衛実務へ戻る以上、その者はいずれ近衛騎士団長候補としても見られる。近衛騎士団長はゼノビア侯爵家の家職であるため、中心に据えるなら、ゼノビア侯爵家の血縁か縁戚、あるいは侯爵家の養子に迎えられる者でなければならなかった。

 

 剣の腕だけなら、候補者の差は小さい。グラクトは名簿を見下ろし、候補者の名の横に、自分の目的を知った上で側に立てるかどうかを書き添えた。

 

「中心か。第一側妃派の武でも、第三側妃派の目でもなく、私の目的を知ってなお、私につく者を上申したい。これは一覧にない者でもよい。ゼノビア侯爵家の血縁か縁戚に、適切な者はいないか」

 

「候補者の中では難しいかと存じます。殿下の目的を理解し、近衛の中心を任せられる人物としては、レオンハルト卿が最も近いでしょう。ですが、レオンハルト卿は元帥家の嫡男です。いずれ元帥家を継ぐ者を、殿下の近衛の中心へ置くことはできません」

 

「幼少時からセオリスを側近としていたのは、こういう意味があったのだな。あれは、私の側に置く武を最初から定めておくためだった。同じ失敗を繰り返すわけにはいかない」

 

 候補一覧に名がある者は、どれも近衛としては使える。だが、グラクトの側に置く武を束ねる者としては足りない。レオンハルトも使えない。候補一覧にも、一覧の外にも、すぐに中心へ据えられる者はいなかった。

 

「現状では、中心を空けたまま近衛を揃えるのが最善かと存じます。まずは候補一覧から問題のない者を殿下付きとして上申し、実際に側へ置いた後で、中心を任せられる者がいるかを見ます。候補外から探すことも同時に進めるべきです。当面は、殿下と私で第一王子付き近衛を見ていく形がよろしいかと存じます」

 

「それしかないか。分かった、近衛には、この一覧のうち問題のない者を上申する。ただし、それと同時に、近衛のまとめ役となれる者を探ることにする」

 

「かしこまりました。中心に据える者は、ゼノビア侯爵家の血縁と縁戚から探ります。侯爵家の養子に迎える可能性も、あわせて確認いたします」

 

 侯爵家に命じられた王都治安と近衛実務は、これから結果を示さなければならない。治安が回復すれば、ゼノビア侯爵家は名誉を取り戻す。同時に、その復帰を進言したグラクトも、失脚家門を王都秩序のために使った第一王子として実績を得る。

 

 第一王子付き近衛は、その実績を誰のものとして宮廷に見せるかを決める人事でもあった。グラクトが、自分の近くに置く武の中心を自分で選べなければ、第一側妃派ではなく自分をトップとする第一王子派を立てることはできない。

 

 この時点で、ゼノビア侯爵は、第一王子の進言を受けた王命により、王都治安と近衛実務を担う立場へ戻った。第一王子付き近衛については、問題のない者を上申し、中心となる者を別に探すことが決まった。侯爵家の限定復帰と近衛選抜は、第一側妃派の復権ではなく、第一王子派を王宮側に作るための最初の足場になった。

 

『――――自分の近くに置く人と武について、まず責任を負う』

 

 その言葉だけは、まだグラクトの内側で命令のように残っていた。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。