リーガル・レジスタンス 〜ファンタジー世界で立憲国家を求める〜 作:ムササビ・モマ
4 忠誠と信頼の結晶
離宮の静寂を破り、リュートがルナリアの寝室へ駆け込んだのは、それから間もなくのことだった。
扉を開けた瞬間、生温かい病室の空気が肌に触れる。
ベッドの脇では、リーゼロッテが母の手を握りしめ、今にも泣き出しそうな顔で祈っていた。ルリカは氷嚢を変えながら、唇を噛み締めていた。
「……待たせた。薬だ」
リュートの声に、二人が弾かれたように振り返る。
彼の手には、王家の紋章が入った小瓶が握られていた。ランプの光を受けて輝くその液体は、まさに命の水だった。
「お兄様……!」
リーゼロッテが椅子から飛び降り、リュートに駆け寄る。
「本当に……? 本当に手に入れたの? あの怖い宰相様から?」
「ああ。母上を助けるための特効薬だ。……ルリカ、頼む」
リュートは薬瓶をルリカに手渡した。
ルリカは震える手でそれを受け取った。彼女は知っている。夜更けに単身で王宮へ乗り込み、あの堅物で知られるヴァルメイユ侯爵から、手続きを無視して薬を奪い取ることがどれほど困難か。
それは、単に賢いだけでは不可能だ。相手をねじ伏せる「胆力」と、盤面を支配する「実力」がなければ成し得ない。
『リュート様は……ただの聡明な子供では
ない』
ルリカの中で、リュートへの認識が劇的に書き換わっていく。
これまでは「お仕えするルナリア様の愛息子」だった。だが今は違う。この理不尽な王宮の品位という規範を操作し、不可能を可能にして、主を守り抜いた「実力者」なのだ。
『この方になら……ルナリア様とリーゼ様をお守りする主として、私の命を預けられる』
ルリカは薬瓶を胸に抱き、深く、騎士のような礼を取った。その瞳には、揺るぎない忠誠の炎が宿っていた。
「……承知いたしました。必ずや、ルナリア様を治してみせます。リュート様……本当に、ありがとうございます」
ルリカが手際よく薬を投与する様子を見守りながら、リーゼロッテはリュートの袖をギュッと握りしめた。
「お兄様……すごい。魔法使いみたい。どんなに高い壁があっても、お兄様は必ず道を切り開いてくれる……」
彼女の金色の瞳に映るリュートは、もはや単なる兄ではない。絶対的なヒーローであり、自分の世界を支える柱そのものだった。
リュートは妹の肩を抱き寄せ、静かに言った。
「大丈夫だ、リーゼ。……僕たちは、もう負けない」
ベッドの上で、ルナリアの荒い呼吸が少しずつ穏やかになっていく。
その寝顔を見つめながら、リュートは窓の外、王宮の闇を睨み据えた。
(……今回は守れた。だが、次はもっと上手くやる)
観察者の時間は終わった。これからは実践者として、この腐った盤上の駒を動かす側になる。
少年の瞳に、静かな青い炎が灯った。