リーガル・レジスタンス 〜ファンタジー世界で立憲国家を求める〜   作:ムササビ・モマ

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第10話『観察者から実践者5』

5 実践者としての覚醒

 

 数日後、離宮のルナリアの寝室は、再び穏やかな空気に戻っていた。暖炉の火が優しく揺れ、窓から差し込む朝の陽光がベッドを照らす。ルナリアは上体を起こし、枕に寄りかかりながら、息子と娘を見ていた。黒熱病の熱はすっかり引き、頰に健康的な色が戻っている。

 

 リュートはベッドの傍らの椅子に座り、母に交渉の顛末を静かに語っていた。リーゼロッテは母の膝に寄り添い、目を輝かせて兄の話を聞いている。ルリカは部屋の隅で静かに控え、薬瓶の片付けを終えていた。

 

「……宰相閣下に、直接お目通りを願い出ました。手続きを待てば間に合わないと申し上げ、『帝国がどう解釈するか』という事実を提示しただけです」

 ルナリアは目を丸くし、やがて愛おしそうに微笑んだ。

 

「宰相を脅したの? ……本当に、末恐ろしい子」

 リュートは首を横に振り、穏やかに答えた。

 

「いいえ、母上。僕は脅していません。ただ『リスク(事実)』を教えてあげて、彼が自発的に動くように仕向けただけです」

 彼は母の目を見て、静かに続けた。

 

「以前、母上がリーゼを救うために帝国を動かした手口……少し真似させていただきました。情に訴えるのではなく、相手の『品位』と『責任』を逆手に取り、選択を迫る。……それが、僕に足りなかった視点でした」

 ルナリアはその言葉を聞き、目を細めた。胸の奥で、深い感動が広がる。

 

『ああ、この子はもう……ただ守られるだけの存在じゃなく、自分の意志を通すための「実力」を身につけたのね』

 彼女はベッドから身を起こし、リュートを引き寄せた。強く、優しく抱きしめる。

 

「よくやったわ、リュート。貴方は私の自慢の息子よ」

 リュートの肩が、わずかに震えた。母の温もりの中で、彼は静かに目を閉じた。

 

 観察者として地図を睨むだけの時間は終わった。品位という規範を逆手に取り、人を動かし、目的を達成する手応え――それが、今、胸に確かにあった。

 

「僕はこの国で生き残るために、盤上の駒を動かす側になる」

 ルナリアは息子を抱きしめたまま、優しく囁いた。

 

「そうよ。リュート。貴方はもう、十分に強いわ。お母様が、ずっと傍にいるから」

 リーゼロッテは母の膝から身を起こし、兄の手を握った。瞳は輝き、声は明るい。

 

「お兄様……これからも、一緒に守ろうね。お母様も、私も」

 リュートは妹の手を握り返し、静かに頷いた。

 

「ああ。一緒に」

 ルリカは部屋の隅で静かに微笑み、深く頭を下げた。

 離宮の家族は、再び一つになった。

 

   ◇

 

 リュートは離宮の窓辺に立ち、王宮の外に広がる世界を見据えた。

 学園に入る十五歳まで、あと五年ある。離宮で本を読んでいるだけの時間は、もう終わった。

 彼は机の上に広げられた地図を畳み、静かに呟いた。

 

「……リーゼ、ルリカ。準備を始めよう」

「王宮の外に、僕たちの『海』を作る。まずは海運組合の立ち上げだ」

 少年は窓を開け、潮風を胸いっぱいに吸い込んだ。

 青く広がる水平線が、未来の地図のように輝いていた。

 

 

(第1章 完)

 

 

 

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