リーガル・レジスタンス 〜ファンタジー世界で立憲国家を求める〜   作:ムササビ・モマ

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第2話『今期生徒会1』

1 担い手の卓

 

 入学式の翌日の午後、エドワルドは生徒会室で、ようやく迎え入れられた新入生たちを前にしていた。四角い卓の頂には会長のグラクトが座し、その正面に副会長のリュートが着く。エドワルドは、グラクトの左の列、その頭の席から、初めて揃った今期の顔ぶれを見渡す。誰が指図したわけでもなく、王国の慣例のまま、席次は序列通りに収まっている。

 

 グラクトの右の列には、その婚約者であるヴィオラリア、第一王女のリーゼロッテ、最終学年で公爵家のベアトリスが並び、続いてライオネル、アイリス、テオドール。左の列は、エドワルド自身を頭に、二年のレオンハルトとユスティナ、そして端に、一年のリーデル。

 

 生徒会が運営する学園裁判の骨子については、すでに冊子で全生徒へ配ったものに記載があるので、今日の集まりは新入生との顔合わせと、新年度の役割分担を決めるためのものである。進行役はエドワルドだが、まず口を開いたのはグラクトで、生徒会長として、訓示というには砕けた調子で最初の言葉を紡いだ。

 

「そう畏まらなくていい。学園にいる間、君たちは私の臣下ではなく、同じ生徒会役員であるので私も会長として話すこととしている。そして、学則は皆が落ち着いて学べるように学園の秩序を保つためにある。それを守り、支えていくのが生徒会の務めであり、君たち三人も一緒に担っていこう」

 

 学則で生徒を家格によらず一律に置いたその考えを、グラクトはいま、自分の言葉で生徒会の内側にまで広げてみせた。誰に言われたのでもなく、まず動いたのはグラクト自身だった。エドワルドはそれを胸の隅に置いて、務めの話を引き取った。

 

「制度そのものは冊子の通りで、皆も承知のはずです。今日決めるのは中身ではなく、担い手のほう。今年から民事――財産の揉め事が加わって、相談と調停に手が要るようになりました。誰が何を担うか、おおまかでもここで決めようと思います」

 

 そう前置きして、今年から加わるものに触れた。今年から増えたのは民事にかかる裁判のみではなく、その前段階となる調停制度、さらに相談員制度まで設けた。それ故に、法廷での代理人にとどまらず、法廷外の役割が増えたのである。

 

「もっとも、刑事は従来のままです。ただ、此度アレクシス皇子殿下が学園へ来られるにあたり、殿下にリーゼロッテ殿下の法廷での働きぶりをご覧いただこうと思っています。そのため、今年はリーゼロッテ殿下に刑事事件をお願いしようかと生徒会役員で決めました。もちろん、後に決定される相談員等の役割とも兼務となってしまいますが、いかがでしょう、リーゼロッテ殿下」

 

 エドワルドは、追及する訴追官と、違反者を取り押さえる風紀官とを、聞く者が取り違えぬよう、役の分かれ目を言い添えた。訴追官は法廷で理を張る側であって、現場で人を捕らえる側ではない。

 

「謹んでお受けします。その役を任せていただけるのは光栄ですわ。もっとも、色々ご指導を受けることも多々あるかと思います。皆様、その際はよろしくお願いします」

 

 軽く頭を下げ、在校生たる先輩に対して配慮もしている王女として卒のない答えであった。その答えを聞いた卓の端のリーデルが、リーゼロッテへ目を向ける。

 

「差し出がましいとは思いますが、リーゼロッテ殿下。皇子殿下が、殿下のお隣に立つにふさわしい御方でしょうか。先の宴での品位を理解しない対応を思えば、わたしには、どうも心もとなく映ります。殿下の品位に真に釣り合う相手は、もそっとお近くにあってもよいのでは、と」

 

 王女の婚約者候補を公然と愚弄し、自らを匂わせる。品位を掲げながら、その物言いがどれほどの無作法か、リーデルは分かっていないらしい。その一言で、場が一息に冷えた。卓の何人かが息を詰めたのを、エドワルドは視界の端に捉えながら、リーゼロッテの反応を窺う。

 

「アレクシス殿下は、わたくしの問いに、いつも真摯に答えてくださる方です。わたくしが敬意を向けるのはそういう相手です。どなたがふさわしいかを、誰かと引き比べて量るつもりはございませんし、リーデル殿にご案じいただくことでもありません」

 

 声は終始おだやかで、侮りも怒りも見せず、リーゼロッテは王女らしい態度を外さない。相手に一片の熱も割かぬその静けさが、リーデルを最も的確に黙らせた。静けさの底に何があるのかまでは、エドワルドには測りようがない。分かるのは、リーデルが一言のもとに黙ったという、その事実だけだった。エドワルドは、反論があるかどうかはわからないが、無駄なやり取りを望まず、間を置かずに次へ移った。

 

「テオドール殿には、風紀官として学則の執行に立ってほしいと思っていますが、いかがですか。もちろん、生徒会としての決定ではないので意見をいただきたく思います」

 

 東の家は、武よりも経済を主軸とする家のため、この打診は執行の役に是非にというより、公爵家の嫡男への一応の声掛けの色が濃い。現に風紀官にはベアトリスを長としてさらにライオネル・レオンハルトが在籍しているため、貴族に対しても執行力をもつに至っている。それでもテオドールはエドワルドの言葉を汲んで、しばし考えるようにした後に話しだした。

 

「ありがたいお話です。ですが、何を執行するのかも分からないまま、人を取り締まる側に立つべきではないと思います。事実、アイギス様もライオネル殿も一昨年から学則を学んだ上で風紀官としての職務を行っておられます。私はまず学則そのものを学ぶ猶予をいただきたいと思います。その後に自信が持てたらこちらからお願いしたいと思います」

 

 テオドールの辞退の言葉には、公爵家としての気取った遠慮も役を軽んじるところもなく、ただ執行に立つより先に執行すべきものを知らねばならぬという意思が見て取れる。もっとも、何故そのような意思をもつに至ったのか、公爵家の教育か、それともそれ以外のものか、その出どころまではエドワルドにはわからない。しかし、エドワルドはテオドールを、芯を持つ人物としてその評価を上げた。

 

 辞退そのものは、東の公爵家が経済を主軸とする家であることを思えば、個人の武が必要な風紀官の役職に適性があるかは疑問もあり、無理に執行の役へ就ける必要もないことから、エドワルドはその回答をもってテオドールに向かって頷いて、その打診を引いた。

 

 テオドールが辞退するのを、リーデルは薄い笑みで眺めていた。リーデルにとって役とは、学んでから負うものではなく、品位に応じて与えられるものなのだろう。しかし、同時にリーデルの顔には、自分にはまだ何一つ役が回ってこないという、もう一つの不満も浮かんでいた。分をわきまえて退くテオドールと、当然に高い役を得る側だと構えるリーデル。

 

「それでは次に移ります。今年は刑事に加え、学園内での財産関係についても学園裁判の対象となることは、配布した冊子のとおりです。しかし、刑事と異なり、民事の紛争は学則違反者という限定された者ではなく、学園生全員が対象となります。そのため、多数の紛争が予想され、裁判だけで紛争を解決することは不可能であると考えました」

 

 民事事件を扱うことに対して、現在の生徒会の問題点をあげつつ、エドワルドは生徒会役員で合意した解決策について続ける。

 

「そこで、不要な裁判を削減するために当事者の合意を基にする調停制度を制定し、さらに、その前段階の相談員制度を採用いたしました。この相談員は風紀官のベアトリス殿、ライオネル殿、レオンハルト殿の三人と、裁判長となる会長、および生徒会雑務を行う副会長以外の生徒会役員が持ち回りで相談員となることとしました」

 

 風紀官は執行することがその職務であり、これに相談まで兼ねれば生徒がどちらを頼って来たのかが分からなくなる。また会長は、持ち込まれた争いに裁定を下す側であって、自ら相談を受ける側には回れない。副会長は、生徒会全体の雑務を負う立場にあるとして、あえて裏に回るように手配したものである。

 

 副会長のリュートが相談から外れることに、リーデルは王族の色を持たない出来損ないの王子が裏に回るのは当然という態度を隠そうとも考えていない。その態度に、生徒会執務室はさらに冷えるが、リーデルがそれに気づく様子はない。もっとも、エドワルドもリュートが裏に回り、アレクシスとの交流を限定することは望むところなので、リーデルを利用して、王妃との会談の場にいなかった生徒会役員に異論を挟む隙を与えないように続ける。

 

「もっとも、新入生が相談員として職務を全うできるように当面の間、各人に補助を一人ずつ付けることとしました。リーゼロッテ殿下にヴィオラリア嬢、テオドール殿にアイリス嬢、リーデル殿には、私が付きます」

 

 訴追官としてのリーゼロッテを実のところ見るのは、昨年までその役にあったリュートのほうだと、エドワルドは式前の擦り合わせに居合わせて承知していた。ヴィオラリアを表に立てるのは、ヴィオラリアへの王妃からの要請とともに、リュートを前面に出さぬためのものでもある。

 

 王女に男の役員は付けられぬからヴィオラリアを、弟に姉のアイリスを、と一つずつ説けば、当然の配りに、かえって余計な含みを勘繰られることになるから、あえて結果だけを述べた。これがこの場では異論を封じる最も静かな通し方だったからである。

 

「ヴィオラリア様は、王妃教育を完遂させ、さらにはオセロ協会の会長というお立場もございます。学則や相談員としての補助のみではなく、是非それ以外のことも教授いただきたく思っております。よろしくお願い致します」

 

「もちろんですわ。わたくしの補助がお役に立てばと思います。そして、学則にとどまらず、いずれ帝国の后妃となられる殿下との交流により将来にわたって、王国と帝国が友好的に発展できるように、殿下の知見も伺い、わたくしも学びたいと思いますわ」

 

 二人の言葉は、交流から将来の王国と帝国の関係にまで及んだ。これから交流するということを示すことで、ヴィオラリアは王妃の要請を場に示した形になる。そこに私的な結びつきは一切見えず、エドワルドの目には、これは職務に沿った儀礼であり、この二人に個別の結びつきはないと映った。

 

 テオドールは、姉が己の補助に付くと知って素直に頭を下げた。守られる側から、役を覚える側へ回るその姿に、アイリスは言葉を添えず、微笑むだけで応じた。学ぶことを不服としない弟とそれを迎える姉の間に、エドワルドは確かな絆を見た。

 

「私にも補助を、ですか。魔導卿家の直系たる私が、新入りとして括られるとは──」

 

 その声は、卓の端から上がった。頭を下げるどころか、リーデルは横並びに扱われることへの不服を、言葉にして口へ出したのだ。魔導卿家の直系たる自分が、新入りとして一括りに補助を付けられる。それを、この少年は軽んじられた印と受け取っている。場がまた冷えかけたところで、グラクトが口を開いた。

 

「リーデル。補助を付けるのは、格の上下を計るためではない。役を全うするために従前に行えるようになるまで、支える者を置く。それだけのことだ。不服があるなら、まず役を十全に務めて補助の必要がないことを自ら示せ」

 

 声を荒げるでもなく、権威を振りかざすでもなく、会長として場の秩序を戻すだけの一言だった。リーデルは口をつぐんだが、その所作の端には、収まりきらぬ不服がなお残った。その、収まりきらぬ不服を見ながら、エドワルドは、自らに付けたリーデルの補助の重さを、内側で確かめていた。

 

 自分は、この少年を側近から退けるべきだと、グラクトに進言したのである。だがグラクトは、それを退けた。信じて教育し、その結果の責めは自らが負う、と。退けたい相手を、主君の意によって預かる。その立場に、この割り当てで改めて立たされていた。

 

 この場でリーデルは三度、場を強張らせた。王女の婚約の筋へ横から容喙し、学んで退くテオドールを侮り、補助を付けられることに不服を鳴らした。傲りを隠しもせぬこの少年を、これから己の手で見ていかねばならない。テオドールの分別を見るほどに、リーデルの傲りは際立ち、その傲りを引き受けるエドワルドの荷は、静かに重みを増していった。

 

 

 

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