リーガル・レジスタンス 〜ファンタジー世界で立憲国家を求める〜   作:ムササビ・モマ

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第2話『今期生徒会2』

2 客員の椅子

 

 新入生を交えた役の割り振りは思いのほか手間取り、片づいた頃には、午後の日が窓の桟を斜めに区切るところまで傾いていた。それでも、今日のうちに決めておかなければならない一件だけは残っている。進行を預かるエドワルドは、新入生を含めた生徒会役員をひととおり見渡し、その話を卓へ載せた。

 

「もう一件、諮っておきたいことがあります。アレクシス殿下は入学式の日に加入を望まれましたが、今期の体制が整っていないことを理由に返事を延ばしています。殿下は留学の賓客であり、リーゼロッテ殿下との婚約交渉の相手でもあります。ここでなお拒めば、今度はこちらが非礼を問われかねない。ですから、お迎えする旨は、明日お伝えしようと思っております。ここで決めたいのは、殿下にどこまで関わっていただくかです」

 

 エドワルドが言い終えるや、卓の端でリーデルが顔を上げた。先程、意見を退けられたばかりだが、今度の話まで黙って聞き流す気はないらしい。身を乗り出し、すぐさま異を唱える。

 

「差し出がましいとは思いますが、私はあの饗宴での殿下のお振る舞いを、この目で見ております。あの場では、我が国の品位に沿って場を収めようとする働きかけを、殿下の側は受け入れられませんでした。その末に、王女殿下ご自身が頭を下げて場を収めることになった。あの御方が、王族を上に戴くこの国の品位を重んじておられるようには、私には見えません。そのような御方を、この場へ迎え入れてよいものでしょうか。せめて、迎えること自体から、いま一度お考えいただいてもよいのではないかと」

 

 あの饗宴では、リーデルが皇子に王女への詫びを説いて取り入ろうとし、従者から事実を突きつけられて撥ね返されたうえ、最後には退場を命じられたのだ。その経緯を知っていれば、いまの異論を純粋な品位への懸念だけとは受け取れない。あの夜に潰された面目も、王女に近づいた皇子への妬みも混じっているように、エドワルドには聞こえた。

 

 何より、アレクシスは聡明であり、王国の品位を理解できていないわけではないであろう。理解したうえで実力を伴わない品位に従う意思がなく、むしろその在り方そのものに害を見ている。そのように異なる考えを持つ相手だからこそ、こちらへ触れさせ、実際に交わらせる意味がある――そう考えて返そうとしたところで、会長のグラクトが先にリーデルへ声を向ける。

 

「殿下は留学の賓客であり、リーゼロッテの婚約交渉の相手でもある。そのリーゼロッテが所属する生徒会への加入を拒むことはできない。品位に従わぬ相手だという見方には一理あるかもしれん。だが、従わぬ者を締め出して、それで何が変わる。迎え、こちらに触れさせ、交流を持ってこそ、互いを知る糸口もできる。ならば考えるべきは迎えるか否かではない。どこまで関わってもらうかであろう」

 

 第一王子がそこまで言えば、リーデルが口を閉じざるをえず、加入そのものを蒸し返すことはもうできない。もっとも、アレクシスの才はこの卓の誰にも劣らぬどころか、勝る部分さえあるかもしれない。帝国の皇子を役員として入れ、そこまでの実務権限まで委ねれば、生徒会の内側にある王国の事情まで知られることになる。それをどのように使うかは予想できない。それ故に、アレクシスに見せる範囲を限定することで、アレクシスに武器を与えることを防ぎ、リュートへ接触する機会も抑えられると考えている。

 

「相談と調停は、非公開である故に、生徒が他人に知られたくない家の事情まで持ち込む可能性があります。王国外の御方が同席していれば、それだけで本音を呑む者も出るでしょうし、その事情が帝国の利益のために利用される可能性もあります」

 

 ここでエドワルドが役員を見回すと、アレクシスに調停・相談に関する実務権限は与えず、生徒会客員に留めなければならないという点に異論は見受けられなかった。

 

「一方、裁判は、もともと誰でも傍聴できるものです。殿下にご覧いただいても、新たに内情を渡すことにはなりません。風紀官の務めも、違反を咎める現場そのものは人目に触れますから、立ち会いまでは構わないでしょう。ただし、誰をどの違反で咎めるかという事前の見立ては脅迫の道具にされかねませんので、そこは制限させていただこうと思います。以上から、殿下に関わっていただくのは、生徒会役員以外にも見せてよい範囲までとしたいと思います。もっとも、一般の傍聴者とまったく同じ扱いでは、帝国皇子を粗略に扱ったと言われかねませんので、殿下が立ち会われる際には、生徒会役員が個別に付き添うこととしたいと思います」

 

 異を唱える者はいなかった。王国の内にしか渡せないものは守り、もともと外へ開かれているものだけを見せる。その区別なら、この卓に着く誰もが受け入れられる。ただ、そこで話を終わらせなかったのがベアトリスだった。最終学年にして北の最前線を実際に率いる女将軍であり、政の内外より先に、相手国を戦の目で見る立場にある。その彼女が口を挟むと、エドワルドを含め、卓の視線が自然と集まる。

 

「見せるものを絞るならば、誰を見せるかも縛るべきだ。版図を広げてきた帝国がこれまで王国へ手を出せずにいたのは、地の利があったからにすぎない。だが、その地の利が、この先も同じように王国を守るとは限らない。海には、もう魔導船が出てきている。いまは積載量を犠牲に速さを出しているようだが、いずれその難が越えられれば、海の守りは破れる」

 

 そこまで話したところで、ベアトリスの視線がアイリスへ移った。何を警戒しているのかは、その先を聞くまでもなくエドワルドにも見えてくる。

 

「その海運を握っているのはアイリスだ。版図を広げたい帝国にとって、海運を握る者には、それだけ引き抜く値打ちがある。制度の内側を隠しても、人そのものを持っていかれれば意味がない。そのことも考えておけ」

 

 名を挙げられたアイリスはベアトリスではなく、卓の正面に座るリュートへ目を向けた。差配を負う副会長へ判断を求めただけにも見えたが、その視線を追ったエドワルドの意識もまた、自然とリュートへ向かう。

 

「帝国では、皇位の継承において実力を示した者が皇位につきます。皇族は実際に統治を任され、その中でどれだけの才を集め、それを使えるかまで値踏みされます。そのため、自国の中だけでなく、外にまで人を求めます。とりわけ狙われやすいのは、能力がありながら家を継ぐ立場にはなく、身軽に動ける者です。アイリス嬢は、まさにそこに当てはまります。ですから、ベアトリス殿の言う侵攻そのものはまだ先だとしても、引き抜きならそこまで待たずに起こりえます」

 

 リュートが引き抜きの可能性を示しても異論は上がらない。もっとも、この引き抜きの対象となりうるのはアイリスだけではない。生徒会役員の中で、帝国へ渡してはならない者という意味ではリュートの方が危うかった。それでもリュートは自分のことには触れず、アイリスの危険だけを語った。

 

「海運は王国の海運でございます。船を動かす船員も、魔導船を支える技術者も、わたくしの所有物ではございません。ですが、だからこそ、わたくし一人がお誘いを断れば済む話でもございませんわね。アレクシス殿下が海運に関わる者へ直接お手を伸ばされぬよう、わたくしの側でも気を配ることにいたします。もちろん、わたくし自身が帝国へ渡るつもりもございませんわ」

 

 アイリスが言い切るまで黙っていたテオドールは、姉の意思を確かめてから初めて自分の役を口にした。その順序が、先ほど分からぬまま役を求めたリーデルとは対照的にエドワルドの目へ映る。

 

「姉上にその意思がなくても、相手が諦めるとは限りません。もし先々、アレクシス殿下が姉上に無理を通そうとなさるなら、そのときは私が矢面に立ちます。オルディナの家として、姉上を一人にはいたしません」

 

 ベアトリスが小さく頷き、テオドールもそれを目だけで受ける。最終学年の女将軍と、入ったばかりの東の嫡男――学年も家も違う二人が、ごく短いやり取りだけで何かを共有したように見えた。二人の間柄を詳しく知らないだけに、その呼吸の合い方がエドワルドの目に留まる。

 

 こうして、アレクシスに見せるのは公開されている範囲までとし、役員への接触、とりわけ引き抜きの対象になりうる者にも注意を払うことで話はまとまった。少なくとも、この形なら皇子の目が届くのは公開の場と、そこで表に立つ者までになる。リュートを必要以上に前へ出さずに済むことも、エドワルドにとっては大きい。

 

 残るのは、アレクシスとの応対を誰が担うかだけだった。その話へ移ると、リーデルが再び身を乗り出す。先ほど加入そのものへの異論は退けられたが、今度は自分が担える役を見つけたらしい。

 

「帝国とのつなぎは、外交の

一部を担う魔導卿家の名にも関わることです。その点を考えれば、私が窓口に立つのが筋かと思います。アレクシス殿下への応対を、私にお任せいただけませんか」

 

 魔導卿家の王国における役割を理由にする以上、先ほどの異論よりは筋がある。エドワルドがその是非を量ろうとした矢先、リーゼロッテが静かに口を挟んだ。

 

「アレクシス殿下とは、わたくし自身の婚約交渉が進んでおります。その当事者であるわたくしが応対するのが、もっとも障りがないでしょう。皆様のお手を煩わせる必要もございません。その役は、わたくしがお引き受けします」

 

 婚約交渉の当事者が、その相手との窓口に立つ。魔導卿家の名を持ち出すより、こちらのほうが誰の目にも通る筋だった。グラクトも迷わず頷く。

 

「それでいい。アレクシス殿下への応対は、リーゼロッテに任せる」

 

 リーデルは何か言いかけたものの、結局は口を閉じた。魔導卿家の名を掲げても、婚約交渉の当事者本人が立つことが合理的であるという理屈は本人にも分かるのだろう。それでも納得まではしていないらしく、引き下がった顔には不服の色が残った。

 

 これで、今日決めておくべきことはすべて片づいた。アレクシスをどこまで生徒会へ関わらせるか、役員への接触をどう警戒するか、そして誰が応対の窓口に立つか。三つとも答えは出ている。

 

 窓の外では、もう日が大きく傾いていた。いまから皇子と従者を呼んで説明の場を設けるより、日を改めたほうがいい。最後にそれだけを確かめ、エドワルドは明日の段取りを告げる。

 

「では、殿下ご本人へは、明日あらためてお伝えします。従者の方ともども、この場へお呼びしましょう」

 

 その一言を最後に会は解かれ、役員たちが次々と席を立っていく。エドワルドはその様子を眺めながら、今日の卓で見えたものを改めて拾い直した。

 

 どうしてもリーデルが目につく。決まっていた加入に異を唱えて会長に退けられ、窓口役を求めても、婚約交渉の当事者であるリーゼロッテの筋には及ばなかった。魔導卿家の直系であるという自負は強いのに、その立場をこの卓でどの役目へ結びつけるのかが、まだ見えていない。テオドールの分別を思えば、なおさら差は大きかった。これから、この少年も自分の手で見ていかなければならない。そう思うと、エドワルドの指は自然とこめかみへ伸びていた。

 

 

 

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