リーガル・レジスタンス 〜ファンタジー世界で立憲国家を求める〜   作:ムササビ・モマ

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第3話『迷宮の密約2』

2 夜会の招待状:接触の切掛

 

 東のオルディナ公爵邸の夜会会場は、眩いばかりの光に包まれていた。

 天井を埋め尽くすほどのクリスタルシャンデリアが輝き、楽団の奏でる優雅なワルツが響く。色とりどりのドレスを纏った貴族の令嬢たちが、扇を片手に談笑し、紳士たちがグラスを片手に政治を語る。

 

 そこは王国の富と権力が集まる、華やかで、そして空虚な戦場だった。

 だが、その空気は一人の少年の登場によって一変した。

 

「……あら、あの方は?」

「まさか、噂の第二王子……?」

「なんて不吉な黒髪……。でも、あの瞳、吸い込まれそうだわ」

 ざわめきが波紋のように広がる中、リュートは会場の入り口に姿を現した。

 

 漆黒のベルベットに銀糸の刺繍が施された礼服。その姿は、パステルカラーや金銀の装飾が溢れる会場において、異質な存在感を放っていた。まるで、真昼の太陽の中に現れた「夜の支配者」のように。

 

 リュートは周囲の好奇と嘲笑の視線を完全に無視し、優雅な足取りで会場を進んだ。その傍らには、護衛のカイルが油断なく周囲を警戒している。

 

(……見つけた)

 リュートの赤い瞳が、会場の隅にあるバルコニー近くを捉えた。

 壁の花となって佇む、一人の少女。

 

 透き通るような銀髪に、知性を湛えたアメジストの瞳。その身なりは公爵令嬢として完璧だが、どこか退屈そうで、周囲の会話に加わろうとしない。

 

 アイリス・ルーナ・オルディナ。

「臆病公爵」の娘にして、あの高度な引換証システムを構築した天才少女。

 

 彼女の周りには取り巻きがいない。それは彼女の人気がないからではなく、彼女の放つ冷徹な知性が、凡庸な貴族たちを寄せ付けないからだ。

 

(……予想通りだ。彼女は退屈している。この『品位』だけの世界に)

 リュートは躊躇なく彼女に近づいた。周囲の令嬢たちが息を呑む。不吉な第二王子が、東の大公女に接触しようとしているのだ。

 

「……ごきげんよう、アイリス嬢」

 リュートは彼女の前で立ち止まり、流れるような所作で一礼した。アイリスは驚いたように顔を上げたが、すぐに完璧な令嬢の微笑みを作った。

 

「ごきげんよう、リュート殿下。……まさか、このような場所にいらっしゃるとは」

 その声は鈴のように美しいが、どこか事務的で、壁を作っている。

 

「ダンスを一曲、いかがかな?」

 リュートは手を差し出した。

 アイリスは一瞬ためらったが、断れば王族への不敬になる。彼女は小さくため息をつくのを堪え、その手を取った。

 

「……喜んで」

 二人はフロアの中央へと進み出た。音楽に合わせてステップを踏む。リュートのリードは完璧だった。母ルナリア仕込みの帝国のステップは、王国のそれよりも鋭く、情熱的だ。

 

「……お上手ですね、殿下」

 アイリスが少し驚いたように囁く。

 

「離宮に閉じ込められていると伺っていましたが」

「暇を持て余していたのでね。……ところで、君の『引換証』は見事だ」

 ピクリ、とアイリスの足が止まりかけた。リュートは強引に、しかし自然に彼女の腰を引き寄せ、回転させた。

 

 周囲には優雅なダンスに見えているが、二人の間には張り詰めた緊張が走る。

 

「……何のお話でしょう?」

 アイリスの声が低くなり、笑顔が消えた。リュートは彼女の耳元に唇を寄せ、誰にも聞こえない声で囁いた。

 

「とぼけなくていい。あの透かし技術、そして『領内限定・譲渡無効』という朱印。王家の通貨発行権を侵害しないギリギリのラインを攻めた、見事な法的防壁だ」

 アイリスの瞳が大きく見開かれた。誰にも気づかれていないはずの、彼女だけの秘密。それを、この不吉な少年は一目で見抜いたのだ。

 

「……ですが、あの朱印は頂けないな。あれでは領内の『内需』しか回せない。外の世界……王都の関所を越えて、王の喉元まで届く『本当の武器』にはなり得ない」

 リュートは彼女を見つめ、ニヤリと笑った。

「続きが聞きたければ、迷宮庭園の奥へ。……誰にも聞かれない場所で、『数字』の話をしよう」

 アイリスは息を呑んだ。

 

 その提案はあまりにも危険で、しかし、彼女がずっと求めていた「理解者」の言葉だった。彼女はリュートの手を強く握り返し、覚悟を決めた瞳で見上げた。

 

「……参りましょう。殿下」

 ダンスが終わると同時に、二人は人目を避けるように会場を後にした。

 華やかな夜会の裏側で、国を揺るがす密談が始まろうとしていた。

 

 

 

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