リーガル・レジスタンス 〜ファンタジー世界で立憲国家を求める〜   作:ムササビ・モマ

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第3話『迷宮の密約4』

4 王妃マルガレーテの「品位」論争

 

 翌日。リュートは王宮の謁見室――ただし、公式な大広間ではなく、王族のみが使用する私的なサロンに通されていた。

 豪奢な猫足のソファには、国王ゼノンと、その隣に正妃マルガレーテが座っている。

 

「……ほう。水の上を飛ぶ船、とな?」

 国王ゼノンは、リュートが差し出した羊皮紙(設計図というよりは、子供が描いた夢の絵に近いもの)を手に取り、退屈そうに欠伸をした。

 

「相変わらず、お前の考える遊びは奇妙だな。……で? 余にこの『特権状』とやらにサインしろと言うのか?」

「はい、父上!」

 リュートは目を輝かせ、無邪気な子供の声を張り上げた。

 

「僕、この船を作って遠くの海で遊んでみたいんです。でも、もし商売みたいになっちゃったら、『王子が金儲けなんて』って怒られちゃうでしょ? だから、『これは王家の公認だけど、あくまで王子の道楽ですよ』っていうお墨付きが欲しいんです!」

 ゼノンは面倒くさそうに頰杖をついた。

 

「ふむ。まあ、お前が離宮で大人しくしている分には構わんが……」

 王が羽ペンを手に取ろうとした、その時だった。

 

「――お待ちください、陛下」

 凛とした、氷のような声が響いた。

 王妃マルガレーテだ。北の武門・アイギス公爵家出身の彼女は、扇を閉じてリュートを冷ややかに見下ろした。その眼差しは、鋭い刃物のように「王族としての覚悟」を問うていた。

 

「リュート。貴方、この特権状の文言……『王家は事業の損失に対し、一切の責任を負わない』とは何ですか?」

 王妃は羊皮紙を指先で弾いた。

 

「王族が事業に関わりながら『責任は負わない』など、武門の恥です。王家とは、国の全ての責任を負うからこそ尊いのです。失敗した時に泥を被る覚悟がないなら、最初から手を出すな。それは『王家の品位』を貶める商人の浅知恵です」

 正論だった。

 

『ノブレス・オブリージュ(高貴なる者の義務)』。無限責任こそが王族の誠意。もしここでリュートが「損をしたくないから」と答えれば、彼女は「覚悟のない者は王族にあらず」と即座に却下するだろう。

 リュートは一瞬、怯えたような顔を見せた。だが、その内側では冷静に計算していた。

 

(……来たな。想定通りの『品位』攻撃だ。これをまともに受ければ負ける。……だから、受け流して『父上』を味方につける)

 リュートは慌てて首を横に振った。

 

「ち、違います王妃様! 僕は責任から逃げたいわけじゃありません! ただ……もし僕が失敗した時、父上の『お昼寝』を邪魔したくないだけなんです!」

「……は?」

 王妃が眉をひそめる。リュートは身を乗り出し、必死に訴えた。

 

「だって、考えてみてください。もしこの特権状(責任の切り離し)がなくて、僕の船が沈んで借金ができたらどうなりますか? 『王子の借金は王家の借金』です。そうなれば、父上のところに魚屋さんや材木屋さんが『金返せー!』って怒鳴り込んでくるんですよ?」

 リュートはゼノンの方を向き、大げさにジェスチャーを交えた。

 

「父上が、たかだか金貨数枚のために、市場のおじさんたちと泥の中で言い争いをしなきゃいけないんです。……それって、すっごく『品位を欠く』じゃないですか?」

 ゼノンがピクリと反応した。「泥沼の言い争い」と聞いて、露骨に嫌な顔をする。

 リュートは畳み掛ける。

 

「王妃様のおっしゃる『無限責任』は立派です。でも、王家がすべての責任を負うってことは、下々のトラブルの泥を全部かぶるってことですよね? そんなことになったら、王家の権威はボロボロになっちゃいます!」

「そ、それは……極論ですが、一理あります」

 王妃が言葉に詰まる。

 

 リュートはすかさず、用意していた「殺し文句」を放った。

「だから、この特権状は『壁』なんです。王家の金庫と、下々の商売を切り離すための『防壁』なんです」

 リュートはニッコリと笑った。あくまで「父上のため」という善意を装って。

 

「この紙があれば、父上は商売の汚れには一切触れず、安全な天上の座から『税金(利益)』だけを受け取れます。もし僕が失敗しても、父上は『知らぬ。勝手に子供がやったことだ』って切り捨てられる。王家が出したのは許可であって、責任をとるものではないと。……これこそが、王妃様が何よりも大切にしている『王家の安定』と『絶対的な品位』を守るための、最強の盾じゃないですか?」

 謁見室に沈黙が流れた。

 

「責任逃れ」だと断じたものが、逆に「王権の聖域(品位)を守る盾」であると論理をひっくり返されたのだ。

 王妃は扇で口元を隠し、リュートをじっと見つめた。

 

(……この子。単なる責任逃れの臆病者かと思ったけれど……随分と『小賢しい』知恵が回るわね)

 彼女はリュートの中に「王の器」は見なかった。見出だしたのは、叱られないために理屈を捏ねる商人のような浅ましさと、それゆえに利用価値のある「便利屋」の姿だ。

 

(まあいいわ。グラクトの影として生きるなら、これくらいの悪知恵があった方が、汚れ役には向いているでしょう)

 王妃はふぅ、と小さく息を吐き、視線を外した。

 

「……詭弁ね。ですが、王家の『汚れ』を防ぐ盾としては機能するでしょう。ゼノン様。よろしいのではありませんか? 貴方様の安眠を妨げないための、子供の配慮のようですし」

「おお、そうか! マルガレーテが良いと言うなら構わん」

 ゼノンは待ってましたとばかりに羽ペンを走らせ、羊皮紙にサラサラとサインをした。

 

「ほれ、持って行け。その『防壁』とやらで、余の昼寝を邪魔しないように上手くやれよ」

「ありがとうございます、父上! 王妃様!」

 リュートは満面の笑みで羊皮紙を受け取り、深々と頭を下げた。

 

 その顔は、新しいおもちゃを買ってもらった子供そのものだった。だが、その手には、王国の法を無効化し、未来の経済を支配するための「最強のジョーカー」が握られていた。

 

(……勝った)

 リュートは心の中で小さくガッツポーズをした。

 王妃の警戒レベルは「小賢しい子供」止まり。ルナリアに怒られるライン(王位を狙う野心家と思われること)は回避した。

 リュートは羊皮紙を胸に抱き、スキップするような足取りで謁見室を後にした。

 

 背後で王妃が、「まったく、商人のように卑しい。誰に似たのかしら……」と呆れる声を聞きながら。

 

 

 

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