リーガル・レジスタンス 〜ファンタジー世界で立憲国家を求める〜   作:ムササビ・モマ

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第4話『全権委任1』

1 王都オルディナ邸:最初の決裂

 

 王都の一等地に構える、東の雄・オルディナ公爵邸。

 その最奥にある当主の執務室は、重苦しい沈黙と、僅かな脂汗の匂いに包まれていた。

 

「……まさか、第二王子殿下がこのような裏口から、しかもお忍びで来訪されるとは」

 重厚な執務机の向こうで、オルディナ公爵は額の汗をハンカチで拭いながら、目の前の少年を見つめていた。

 

 公爵は「臆病」と噂されるだけあり、その風貌は神経質そうで、常に最悪の事態を想定して怯えている小動物のような警戒心を漂わせている。

 

 その対面に座るリュートは、子供の体躯を深くソファに沈め、変装用の眼鏡の奥から、冷徹な観察者の瞳で公爵を値踏みしていた。

 傍らには、護衛のカイルが音もなく控えている。

 

 今回の面会は、娘であるアイリスの手引きによって実現した極秘の会談だ。リュートは無駄な挨拶を省き、懐から取り出した「二つの武器」を、革張りのテーブルの上に無造作に広げた。

 

 一つは、ずっしりと重い革袋。

 紐を緩めると、中から溢れ出したのは王国の通貨ではない。帝国皇帝の紋章が刻まれた、純度の高い「帝国金貨」の山だった。母ルナリアから託された、国一つを買えるほどの莫大な匿名資本だ。

 

 もう一つは、王宮の封蝋が押された一枚の羊皮紙。

 先日、王妃との論戦を制して勝ち取った「特権状」である。

 

「……単刀直入に申し上げます、公爵」

 リュートは金貨の山と羊皮紙を指し示した。

 

「事業に必要な『血液(資金)』と、王家の理不尽から身を守るための『最強の防壁(特権状)』は、私が用意しました。……あとは公爵、あなたの持つ『港』と『物流網』をお借りしたい」

 リュートの提案は、対等なビジネスパートナーとしての要求だった。

 

 公爵は金貨の輝きと、特権状に記された「王家は責任を負わず、介入もしない」という異例の文言を見て、ごくりと喉を鳴らした。

 喉から手が出るほど欲しい「王家の免罪符」と「資金」。

 

 だが、公爵の目は、最後にリュートが提示した「船の設計図」で止まった。

 

「……水面から浮く、魔法の船……ですか」

 公爵の声が震えた。彼は設計図から目を逸らし、首を横に振った。

 

「……お断りします」

 拒絶。

 だが、リュートの表情は動かない。

 

「理由は?」

「殿下、理論は分かります。娘のアイリスからも散々聞かされました。ですが……これには『実績』がありません」

 公爵は脂汗を拭いながら、しかし当主としての譲れない矜持を口にした。

 

「我がオルディナ家は、一度海に沈みかけ、そこから這い上がった家です。信用とは、薄氷の上に積み上げるガラス細工のようなもの。……もし、この得体の知れない船が沈めば、積荷だけでなく、数百年かけて再建したオルディナの『信用』そのものが海の藻屑となります」

 彼はリュートを真っ直ぐに見た。その目は臆病だが、決して愚かではない。

 

「私は臆病者です。だからこそ、不確定な未来(ギャンブル)に、家の運命を賭けるわけにはいきません」

 リュートは内心で舌を巻いた。

 

『……素晴らしい。この慎重さこそが、東の経済を支えてきた防波堤か』

 無謀な利益よりも、破滅の回避を優先する。それは経営者として最も重要な資質だ。この男は決して無能ではない。ただ、守るべきものが重すぎるだけだ。

 

「ご懸念は尤もです、公爵。……信用とは、言葉ではなく事実で積み上げるもの」

 リュートは品位ある笑みを崩さず、立ち上がった。

 

「ならば、『実績』を今ここでお見せしましょう」

「……今、ここで?」

「ええ。邸内の裏手に、大きな私有湖がありましたね? そこをお借りできますか?」

 リュートはカイルに目配せをした。

 言葉で説得できないなら、物理法則(現実)を目の前に突きつけるしかない。

 

「百の言よりも、一度の航海です。……あなたの目が、ただの臆病な節穴でないことを祈りますよ」

 リュートは不敵に微笑み、扉へと向かった。

 

 交渉決裂ではない。これは、相手の想像力を超えるためのデモンストレーションへの招待だった。

 

 

 

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