リーガル・レジスタンス 〜ファンタジー世界で立憲国家を求める〜   作:ムササビ・モマ

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第2話『影の光2』

2 影の王子の誕生

 

 第一王子誕生から、季節は静かに巡った。

 ローゼンタリア王国の離宮は、秋の柔らかな陽光に包まれながらも、深い静寂に満ちていた。

 王都の喧騒は、ここには届かない。

 

 第一王子グラクトが生まれたあの日、王宮の鐘は鳴りやまず、花火が空を埋め、国王自らが玉座の間で「天の光を宿す徴」と名付け、民は神話の降臨のように歓喜した。

 金髪金眼という生まれつきの証だけで、あの子は国家の象徴となり、誰もが無条件に祝福を捧げた。

 ――生まれながらに価値が決まる。それがこの国の掟だ。

 しかし今、第二王子の誕生を告げるものは、何一つない。

 

「……オギャア……」

 か細く、儚い産声が、薄暗い部屋に溶けていった。

 黒髪に覆われた小さな頭、赤く輝く瞳。

 

 私が、この世に再び生を受けた瞬間だった。

 王宮の黄金の鐘は鳴らず、伝令は走らず、祝いの酒も花も、誰の視線もなかった。

 ただ、枯れ葉が窓辺を叩く音と、私を抱きかかえる母の荒い息遣いだけが響く。

 ルナリア・ネイア・ローゼンタリアは、出産の痛みと疲労で青白くなった顔を必死に持ち上げ、私を抱き寄せた。

 

 傍らに控えるのは、忠実な侍女ルリカ・シルファ(七歳)ただ一人。

 彼女は震える手で布を替え、母の額の汗を拭う。

 母は弱々しく微笑み、私を胸に抱いた。

 

 ルリカも寄り添い、私の小さな顔を覗き込む。

 その瞳は心配と深い愛情で潤み、母の肩に手を置いて静かに支えた。

 母は震える唇で、私の額に口づけを落とした。

 

「生まれてきてくれて……ありがとう……私の愛しい子……」

 その声は、喜びと安堵に震えていた。

 彼女は私の小さな手を自分の頰に当て、目を細めて見つめた。

 まるで、世界で一番大切なものを、ようやく手に入れたように。

 

 ルリカが、ぽつりと小さな声で呟いた。

 まだ七歳の言葉は、拙いながらも敬語を崩さず、素直な不満がにじんでいた。

 

「……ルナリア様……せっかく王子様がお生まれになったのに……誰もいらっしゃらないのですか……? お城の方では、第一王子殿下がお生まれになったとき、みんなで花火をあげて、鐘も鳴らして、とっても大きなお祭りだったのに……ここでは誰も来てくださらないなんて……あんまりです……」

 ルリカの小さな手が、私を包む布をぎゅっと握る。涙がぽろりと落ちて、母の腕に当たった。

 母はルリカの頭を撫で、静かに微笑んだ。

 そして、私の黒髪を指で梳きながら、穏やかに言った。

 

「ルリカ……ありがとう。でもね、この子には、そんなお祭りなんか必要ないのよ。王宮がどんなに騒ごうと、鐘がどれだけ鳴ろうと……この子が生まれたという事実だけで、私の心はもういっぱいなんだから。金色の髪も、特別な瞳も、最初からいらない。この子がここにいて、私の腕の中にいる……それだけで、私は幸せで、胸が熱くなるの」

 母は私を愛おしそうに見つめ直す。

 

「あなたも知ってるでしょう? 私の故国では、子供は生まれただけで宝物なの。これから先、この子がどんな道を選ぶか、どんなことを成し遂げるか……それは全部、この子自身が決めること。誰も、最初から決めてあげなくていいの。生まれただけで、無限の可能性が広がっているんだから……」

 ルリカは涙を拭いながら、こくりと頷いた。

 

「……生まれただけで、そんなに大きな可能性があるんですね……私も、孤児だったけど、自分で頑張ろうって決めて、礼儀作法を覚えて……それでルナリア様の侍女になれたんですもん……だから王子様も、自分で決めて、頑張ったら、きっとすごいことできるんですね……」

 母は疲れ果てた体を起こし、私を強く、けれど大切に抱きしめた。

 私の小さな頭を頰に寄せ、赤い瞳を見つめながら、声に愛しさが溢れた。

 

「あなたは……私のすべてよ。この小さな手、この温もり、この泣き声……全部が愛しくてたまらない。どんなに『影』と呼ばれようと、どんなに冷たい視線を浴びようと、私がいる限り、あなたは決して一人じゃない。この子は、私の宝物。私の……かけがえのない、愛しい子……」

 

 その言葉は、静かな部屋を温かく満たした。

 ルナリアの愛は、条件なく、揺るぎなく、私のか細い産声すら包み込み、守り抜く力を持っていた。

 彼女の胸の中で、私はただの「第二王子」ではなく、母にとって唯一無二の存在だった。

 

 この日、誰にも祝われずに生まれた黒髪の私には、「リュート」という名が与えられた。

 ルリカは静かに頷き、二人の間に寄り添う。

 その瞬間、離宮はもはや孤独の檻ではなく、ただ一つの、揺るぎない愛の巣となっていた。

 

 グラクトが「生まれながらの光」として与えられる価値なら、私、リュートは「ただ生まれた」という事実だけで、母から無条件に注がれる、深い愛そのものだった。

 その違いは、すでに運命のように深く、静かに刻まれていた。

 

 

 

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