リーガル・レジスタンス 〜ファンタジー世界で立憲国家を求める〜   作:ムササビ・モマ

55 / 316
第5話『魔力なき革命1』

1 リュートの解析:西の「至宝」と「構造的困窮」

 

 海運事業が軌道に乗り、東の海から莫大な利益が流れ込み始めてから一年。

 十二歳になったリュートは、王宮の奥深くにある大書庫で、分厚い歴史書と格闘していた。傍らには、すっかり「影の執行者」としての風格を増したカイルが控えている。

 

「……カイル。事業の第一段階、『資金と物流の確保』は完了した。次は第二段階、『独自技術の独占』だ」

 リュートは本を閉じ、埃っぽい匂いの中でカイルを見上げた。

 その赤い瞳は、すでに次なる獲物を定めている。

 

「ターゲットは西の雄、クロムハルト公爵家だ」

「クロムハルト……。代々、王国の魔導技術を支えてきた名門ですね」

 カイルが頷く。

 

「ですが殿下、彼らは王家への忠誠が厚く、取り込むのは難しいのでは?」

「忠誠? ……違うな」

 リュートは冷ややかに笑い、机の上に一枚の系図を広げた。

 

「彼らは王国の心臓(技術)だ。だが、その血管(物流)と財布(予算)は、完全に王家に握られている」

 リュートは系図を指でなぞった。

 

 クロムハルト家の歴史は、輝かしい「技術的勝利」と、惨めな「経営的敗北」の繰り返しだった。

 

 彼らは圧倒的な技術力で数々の魔導具を発明してきた。だが、開発に没頭するあまり、権利管理を疎かにし、製造コストを度外視したオーバースペックな製品を作り続ける悪癖があった。

 

 結果、慢性的な資金不足に陥り、常に王家からの「追加予算(借金)」という首輪で飼い慣らされているのだ。

 

「彼らは優秀だが、致命的に『脇が甘い』。技術者としては一流だが、経営者としては三流以下だ」

 リュートは、カイルが集めてきた調査報告書をめくった。

 

 当主ディーゼル・ボルト・クロムハルト。王国一の魔導工学者。だが、王宮での予算交渉能力は絶望的に低い。研究のためなら、王家からの理不尽な要求も「予算さえくれれば」と丸呑みする悪癖がある。

 

 長男クラヴィア・クロムハルト。「〇・〇一ミリの守護者」の異名を持つ。妥協を知らない完璧主義者で、既存の設備を勝手に改造しては王家から罰金を食らうトラブルメーカー。

 

 そして――。

 長女ヴィオラリア・オルネ・クロムハルト。

「……この娘だ」

 リュートの手が止まった。彼と同い年の、十二歳の少女。

 

 先日、カイル経由で西から極秘に入手した、新型の魔導部品(旋風機関の試作品)。その構造を見た時、リュートは戦慄した。

 

「カイル、この部品を見てくれ。魔力伝導率の効率化、パーツのモジュール化、そして何より……『規格化(スタンダード)』への異常な執着だ」

 この世界の職人は「一品物」を作るのが常識だ。だが、この部品は違う。

 誰が組み立てても同じ性能が出るように設計され、大量生産を前提とした「工業製品」の思想で作られている。

 

「……彼女だ。彼女だけが、この世界の常識とは違う『異質な知識』……前世の記憶を持っている可能性がある」

 リュートは報告書を閉じた。

 

「放っておけば、彼女の才能は王家に搾取され、使い潰されるだろう。……王家に喰われる前に、僕たちが確保する必要がある」

「接触しますか?」

「いや、まだだ。彼らの『脇の甘さ』が致命的なミスを引き起こすのを待つ。……そう遠くない未来、彼らは自滅する。そこを救う。いや、拾い上げるんだ」

 リュートは予言するように呟いた。

 

 西の空には、技術という名の狂気が渦巻いている。

 天才技術者一家の没落は、秒読み段階に入っていた。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。