リーガル・レジスタンス 〜ファンタジー世界で立憲国家を求める〜 作:ムササビ・モマ
1 リュートの解析:西の「至宝」と「構造的困窮」
海運事業が軌道に乗り、東の海から莫大な利益が流れ込み始めてから一年。
十二歳になったリュートは、王宮の奥深くにある大書庫で、分厚い歴史書と格闘していた。傍らには、すっかり「影の執行者」としての風格を増したカイルが控えている。
「……カイル。事業の第一段階、『資金と物流の確保』は完了した。次は第二段階、『独自技術の独占』だ」
リュートは本を閉じ、埃っぽい匂いの中でカイルを見上げた。
その赤い瞳は、すでに次なる獲物を定めている。
「ターゲットは西の雄、クロムハルト公爵家だ」
「クロムハルト……。代々、王国の魔導技術を支えてきた名門ですね」
カイルが頷く。
「ですが殿下、彼らは王家への忠誠が厚く、取り込むのは難しいのでは?」
「忠誠? ……違うな」
リュートは冷ややかに笑い、机の上に一枚の系図を広げた。
「彼らは王国の心臓(技術)だ。だが、その血管(物流)と財布(予算)は、完全に王家に握られている」
リュートは系図を指でなぞった。
クロムハルト家の歴史は、輝かしい「技術的勝利」と、惨めな「経営的敗北」の繰り返しだった。
彼らは圧倒的な技術力で数々の魔導具を発明してきた。だが、開発に没頭するあまり、権利管理を疎かにし、製造コストを度外視したオーバースペックな製品を作り続ける悪癖があった。
結果、慢性的な資金不足に陥り、常に王家からの「追加予算(借金)」という首輪で飼い慣らされているのだ。
「彼らは優秀だが、致命的に『脇が甘い』。技術者としては一流だが、経営者としては三流以下だ」
リュートは、カイルが集めてきた調査報告書をめくった。
当主ディーゼル・ボルト・クロムハルト。王国一の魔導工学者。だが、王宮での予算交渉能力は絶望的に低い。研究のためなら、王家からの理不尽な要求も「予算さえくれれば」と丸呑みする悪癖がある。
長男クラヴィア・クロムハルト。「〇・〇一ミリの守護者」の異名を持つ。妥協を知らない完璧主義者で、既存の設備を勝手に改造しては王家から罰金を食らうトラブルメーカー。
そして――。
長女ヴィオラリア・オルネ・クロムハルト。
「……この娘だ」
リュートの手が止まった。彼と同い年の、十二歳の少女。
先日、カイル経由で西から極秘に入手した、新型の魔導部品(旋風機関の試作品)。その構造を見た時、リュートは戦慄した。
「カイル、この部品を見てくれ。魔力伝導率の効率化、パーツのモジュール化、そして何より……『規格化(スタンダード)』への異常な執着だ」
この世界の職人は「一品物」を作るのが常識だ。だが、この部品は違う。
誰が組み立てても同じ性能が出るように設計され、大量生産を前提とした「工業製品」の思想で作られている。
「……彼女だ。彼女だけが、この世界の常識とは違う『異質な知識』……前世の記憶を持っている可能性がある」
リュートは報告書を閉じた。
「放っておけば、彼女の才能は王家に搾取され、使い潰されるだろう。……王家に喰われる前に、僕たちが確保する必要がある」
「接触しますか?」
「いや、まだだ。彼らの『脇の甘さ』が致命的なミスを引き起こすのを待つ。……そう遠くない未来、彼らは自滅する。そこを救う。いや、拾い上げるんだ」
リュートは予言するように呟いた。
西の空には、技術という名の狂気が渦巻いている。
天才技術者一家の没落は、秒読み段階に入っていた。