リーガル・レジスタンス 〜ファンタジー世界で立憲国家を求める〜 作:ムササビ・モマ
2 真面目すぎる破産:クラヴィアの「デバッグ」
平穏な朝食の時間が終わろうとした時、屋敷の玄関ホールからドタドタドタッ! と、貴族にあるまじき足音が響いてきた。
「ただいま戻りましたッ!! 父上ぇぇぇ! ヴィオラぁぁぁ!!」
バンッ! と食堂の扉が勢いよく開かれ、一人の青年が飛び込んでくる。
長男、クラヴィア・オード・クロムハルトだ。王家の依頼を終えて凱旋した彼の姿は、凄まじかった。
金色の髪は逆立ち、衣服には青白く発光する高濃度魔力液のシミが飛び散り、全身からキラキラと舞い落ちる「銀色の粉末」で、まるで歩くミラーボールのようになっている。体からは、限界まで魔術を行使し続けた証である、焦げ付いたオゾンの匂いが強烈に漂っていた。
「おお、クラヴィア! 無事だったか!」
公爵が椅子を蹴倒さんばかりの勢いで立ち上がる。
「予定より三日も早い帰還じゃないか! どうだ、検問所の更新は!?」
クラヴィアはニカッと歯を見せて笑い、充血した碧眼をギラつかせた。
「完璧です、父上! いや、究極と言っていいでしょう!」
彼は食卓に一枚の羊皮紙(完了報告書)をバァン! と叩きつけた。
「王家指定の仕様書通りに組めば、反応速度は〇・五秒でした。……ですが父上、見てください、既存の銅配線を! 伝導ロスが三パーセントもあったのです! 許せますか!? 犯罪者が逃げる隙を作るなど、技術者としての美学に反します!」
「許せん! 三パーセントだと? ドブに魔力を捨てているようなものではないか!」
公爵が激昂してテーブルを叩く。
ヴィオラも身を乗り出し、兄の服についた銀粉を見て目を見開いた。
「お兄様、その粉……まさか!?」
クラヴィアは妹に向かって、誇らしげにVサインを作った。
「そう! その『まさか』だヴィオラ! 僕は決断しました。検問所の全長二キロに及ぶ配線を、全て『深海銀(ディープ・シルバー)』で再構築したのです!!」
「なっ……!?」
公爵とヴィオラが同時に息を呑み、そして次の瞬間、歓喜の悲鳴を上げた。
「し、深海銀だとぉぉ!? あのミスリルの五倍の伝導率を誇る、幻のレアメタルか!?」
「ええ! さらに識別術式を多重並列処理に変更し、魔力炉を『直結』させました! その結果、反応速度は――〇・〇〇二秒!!」
「ぜ、ぜろてん……!?」
公爵は感動のあまり膝から崩れ落ちそうになった。
彼は駆け寄ってきた息子を、魔力液の汚れも厭わずにガシッと抱きしめた。
「〇・〇〇二秒!! 瞬きより速いではないか! 神の領域だ! そこまでの精度を出せるのは、世界広しといえど我が息子しかいないぞ!」
「ええ、我ながら最高の『デバッグ』でしたよ父上! これなら、たとえ『風の勇者』が全力疾走で突っ込んできても、瞬時に障壁が展開され、鼻をへし折ることができます!」
「素晴らしい! よくやった! これぞクロムハルトの仕事だ!」
食堂は熱狂に包まれた。
父と息子、そして妹。三人は手を取り合い、技術的勝利の美酒に酔いしれた。王宮では絶対に見せない、技術バカたちの素顔。互いの才能を認め合い、最高傑作を生み出したことを称え合う、世界で一番幸せな家族の姿がそこにあった。
――そう、ここまでは。
「……コホン。旦那様。クラヴィア様」
氷点下の冷静さを保った老執事が、音もなく背後に忍び寄っていた。
銀の盆の上には、王宮の紋章が入った分厚い封筒が、まるで墓標のように鎮座している。
「……材料費の請求書、および王家からの『督促状』でございます」
「ん? おお、見せてみろ」
公爵は上機嫌のまま、鼻歌交じりで封筒を開けた。
「ふふん、王家もさぞ喜んで……ん?」
公爵の動きがピタリと止まった。
彼の碧い瞳が、紙面の一点に釘付けになる。みるみるうちに、その血色の良かった顔からサーッと血の気が引いていき、青ざめ、やがて土気色になった。
「ち……父上?」
クラヴィアが不安げに声をかける。
公爵の手が震え始めた。カサカサと羊皮紙が鳴る。
そして、彼はゆっくりと顔を上げた。その目は、先ほどの「誇り高き技術者」の目ではない。借金取りに追われる「破産者の目」だった。
「ク、クラヴィア……」
「は、はい」
「き……貴様ぁぁぁぁぁッ!!」
公爵の絶叫が屋敷中に響き渡った。
彼は請求書を握りしめ、頭を抱えてその場にうずくまった。
「深海銀の相場を知らんのかこの大馬鹿者ォォォ!! 国家予算だぞ!? 検問所ごときに国家予算を溶かしたのか貴様はァァァ!!」
「えっ!? だ、だって父上、最高のものを作れと……」
「限度があるわッ!!」
公爵は涙目で請求書の追記事項を指差した。
「見ろこれを! 『重要軍事施設を許可なく改造し、王宮魔導師団でも解析不能なレベルにブラックボックス化した罪による罰金』だと!? 王家がお前の術式を理解できなくてブチ切れてるじゃないか!!」
「あ、あれ? おかしいな、美しく組んだのに……」
クラヴィアが冷や汗を流しながら視線を泳がせる。公爵はガックリと項垂れ、魂が抜けたように呟いた。
「……終わりだ。我が家の金庫は空だ。いや、空どころか、マントルまで穴が空いたぞ……。来期の予算まで、ネジ一本……いや、紙くず一枚買えん……」
「そ、そんな……」
クラヴィアの笑顔が引きつる。
栄光から絶望へ。〇・〇〇二秒の反応速度で地獄へ叩き落とされたクロムハルト家。
技術的には大勝利だが、社会的には完全敗北。この家では、常に「優秀すぎる技術」が、家族の幸せ(資産)を食い荒らすのだった。