リーガル・レジスタンス 〜ファンタジー世界で立憲国家を求める〜   作:ムササビ・モマ

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第6話『反転攻勢3』

3 増大する「ノイズ」と職人の苦悩

 

 西のクロムハルト公爵邸。

 そこは今、研究施設ではなく「戦場」と化していた。

 

「――公爵閣下! 我が商会に独占販売権を!」

「いえ、我が社なら生産ラインを三倍に増強できます! どうぞご決断を!」

「おのれ、抜け駆けはずるいぞ! 先に並んでいたのは我らだ!」

 玄関ホールを埋め尽くすのは、借金取りではない。彼らよりも遥かに目が血走り、欲望に飢えた「投資家」と「商人」の群れだ。借金取りは「貸した金を返せ」と言うだけだが、彼らは違う。「もっと稼がせろ」「権利をよこせ」と、無限の欲望を押し付けてくる。

 

 その圧熱は、物理的な質量となって扉を押し破らんばかりだった。

 

「ひぃぃ……! 旦那様、もう無理です! 玄関が持ちこたえられません!」

 執事が悲鳴を上げてバリケード(高級家具)を押さえる。

 

「ええい、うるさい! 帰れと言っておろう!」

 公爵は髪を振り乱し、裏口から逃げようとして足を止めた。裏口には、もっと恐ろしい敵が待ち構えていたからだ。

 

「……あら、クロムハルト公爵。ごきげんよう」

 そこには、大量の香水を振りまいた貴族夫人たちの侍女が、山のような封筒を抱えて列をなしていた。

 

「我が主人が、今度のサロンで『必勝法』を披露したいと仰せですの」

「是非、ヴィオラ様に『直接指導』をお願いしたく」

「お茶会の席をご用意しておりますわ」

 微笑む彼女たちの目は、断れば社交界で村八分にするという暗黙の脅迫を放っていた。甘ったるい香水の匂いが、屋敷の鉄と油の匂いを塗り替えていく。それは技術者にとって、酸素欠乏に等しい拷問だった。

 

「……ううっ、気持ち悪い……」

 ヴィオラは廊下の隅で膝を抱え、死んだ魚のような目をしていた。彼女の手元には、怪しげな行商人が置いていった壺がある。

 

『これを置くだけでリバーシに勝てる! 奇跡の幸運壺! 今なら金貨三枚!』

「……お父様。なんで私たち、こんな『壺』のセールスまで対応しなきゃいけないの?」

 

「すまん……。クラヴィアが『その壺の素材、耐熱セラミックとして使えるかも?』と興味を持ってしまってな……」

 公爵もまた、げっそりと頰をこけさせて隣に座り込んだ。

 

「……異常だ。これは異常だぞ、ヴィオラ」

 公爵は震える声で言った。

 

「我々が『新型魔導エンジン』を発表した時は、こんなことにはならなかった」

「ええ。だって魔導具は『魔導具法』で厳しく規制されていますもの」

 ヴィオラは虚ろな目で解説した。

 

 通常、新しい魔導具を作るには、王家の厳しい審査と、『魔導具税』という高い障壁がある。だからこそ、群がってくるのは一部の専門家や軍関係者に限られ、一般人は「難しそう」と敬遠してくれた。それが、彼らにとっての「静寂」だったのだ。

 

「でも、リバーシは違う」

 ヴィオラは、床に転がっていたリバーシの石を拾い上げた。

 

「ただの木と金属。魔力ゼロ。認可不要。税金ゼロ。……誰でも参入できて、誰でも理解できて、誰でも儲かる」

 参入障壁が低すぎるゆえに、王都中の有象無象が、イナゴの大群のように押し寄せてきたのだ。彼らが求めているのは「技術」ではない。「流行」という名の蜜だ。

 

「……うるさい」

 ヴィオラがポツリと漏らした。

「うるさい、うるさい、うるさぁぁぁぁぁいッ!!」

 彼女はリバーシの石を壁に投げつけた。

 

 カァン! と乾いた音が響く。

 

「私は今、魔導内燃機関の圧縮比計算で忙しいのよ! なんで『板きれを裏返す遊び』のために、貴重な脳のメモリを割かなきゃいけないの!?」

「そうだ! 私だって深海銀の再利用法を考えたいのだ!」

 クラヴィアも頭を抱えて叫んだ。

 

「これ以上の利益(金)はいらない! 私が欲しいのは、商人の怒号でも、夫人の香水でもない! 『静寂』と『実験時間』だけよ!!」

 一家総出の悲痛な叫びが、屋敷に木霊した。

 

 どんなに金が積み上がろうと、研究ができなければ、彼らにとっては地獄だ。皮肉にも、彼らを救ったはずの「リバーシ」が、今や彼らの首を絞める最大の「ノイズ」となっていた。

 

 そして、極限まで追い詰められた技術屋たちは、ついに「禁断の結論(ゴミ捨て)」へと至るのである。

 

 

 

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