リーガル・レジスタンス 〜ファンタジー世界で立憲国家を求める〜   作:ムササビ・モマ

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第6話『反転攻勢5』

5 東の戦慄、王宮の歓喜、そして影の誤算

 

【東:オルディナ公爵邸・執務室】

「……ッ!!」

 バキィッ!!

 静まり返った執務室に、硬質な破壊音が響き渡った。

 

 アイリス・オルディナの手の中で、愛用の高級羽ペンが無惨にもへし折られていた。インクが指先を黒く染めるが、彼女は気にも留めない。その美しい顔は、憤怒と信じられないものを見る驚愕で歪んでいた。

 

「……正気ですの? あの西の馬鹿一家は……!」

 彼女のデスクには、王都から届いた速報が広げられている。

 

『西のクロムハルト公爵家、盤上遊戯リバーシの全権利を王家へ無償譲渡』

「あれだけの利権を……独占すれば数年は国を揺るがせるほどの経済的武器を、ただの『ゴミ』のように投げ捨てたと言うの!?」

 アイリスは立ち上がり、窓の外――西の空を睨みつけた。

 

 女は「海運組合」で王家と対等に渡り合うために、命がけで法的防壁(特権状)を構築した。権利とは、自由を守るための唯一の剣だ。それを、彼らは自らドブに捨てたのだ。

 

「王家に権利を渡すという意味が分かっていないの!? それは『私は無欲な下僕です。どうぞ骨の髄まで利用してください』と、自ら首輪を差し出したも同然じゃない!」

 アイリスは折れたペンをゴミ箱に叩きつけた。

 

「……権利を手放すことは、自由を手放すことなのに。ああ、腹が立つ! 私の計算にはない、致命的な『バグ』だわ!」

 

   ◇

 

【王宮:第一側妃ヒルデガードの私室】

 一方、王宮の奥深く。

 豪奢な調度品に囲まれた部屋で、第一側妃ヒルデガードは、献上されたばかりの「リバーシ盤」を指先で愛おしげになぞっていた。

 

「……素晴らしい」

 彼女の唇に、獲物を見つけた捕食者の笑みが浮かぶ。

 

「この遊戯を発明した『知性』。それが生み出す莫大な『利益』。そして何より……それを一切の迷いなく差し出す『無欲』と『無防備さ』」

 ヒルデガードは、白と黒の石をカチリと鳴らした。

 

 彼女の目には、この献上が「面倒くさいから投げた」などとは微塵も映っていない。「王家への絶対的な忠誠」と「政治的野心の欠如」として映っていた。

 

「グラクト様の隣に必要なのは、権力を欲しがる武門や、小賢しい魔導派の娘ではない。こういう……私の意のままに操れる『便利な財布と頭脳』よ」

 彼女は控えていた側近に、静かに、しかし絶対的な声で命じた。

 

「国王陛下へ謁見の準備を。……西の公爵には、とびきりの褒美(という名の鎖)を与えなくてはね」

 

   ◇

 

【王宮地下:大書庫の隠し部屋】

 そして、誰よりも深く頭を抱えている少年がいた。

 薄暗いランプの光の下、リュートは壁に貼られた「技術奪取計画図」の前で、深い深い溜息をついていた。

 

「……やられた。完全に、先を越された」

「殿下、これは……」

 傍らのカイルも、報告書を見て絶句している。

 リュートの計画はこうだった。西の公爵家が借金で首が回らなくなったタイミングで、東の海運利益を提示し、経済的援助と引き換えに技術提携を結ぶ。彼らを王家の支配から切り離し、こちらの陣営に引き込むはずだった。

 だが、ターゲット自らが、王家の懐に飛び込んでしまったのだ。

 

「最悪手だ。だが、彼らにとっては『合理的』な判断だったんだろうな……」

 リュートは苦々しく呟いた。

 

「王家に恩を売れば、一時的に借金は消える。研究もできる。……だが、それは『魂』を売る契約だ。一度王家のシステムに組み込まれたら、二度と抜け出せない」

 リュートは地図上の「西」の駒を、「王家」のエリアへと動かした。盤面は最悪の形に変化した。

 

「……修正が必要だ。今後は西を無理やり引き抜く作戦に切り替えるしかなくなった。……難易度が跳ね上がったぞ。あの西の『無自覚な天才たち』のせいでな」

 東の戦慄、王宮の歓喜、そして影の焦燥。

 

 西の公爵家が放った「ゴミ」は、王国のパワーバランスを激変させる特大の爆弾となって炸裂したのだった。

 

 

 

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