リーガル・レジスタンス 〜ファンタジー世界で立憲国家を求める〜   作:ムササビ・モマ

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第7話『言葉の反転2』

2 白薔薇のサロン:完璧なプレゼン

 

 王宮の奥深く、男子禁制の後宮。

 王妃マルガレーテが主宰する「白薔薇のサロン」は、表の政治よりもドロドロとした情念と計算が渦巻く、女たちの戦場だ。

 上座には国王ゼノンと、正妃マルガレーテ。その下座で対峙するのは、第一側妃ヒルデガード(騎士派)と、第三側妃ソフィア(魔導派)。二人の間には、目に見えない火花が散っている。

 

「……陛下、王妃様。先日、西のクロムハルト家から献上された『リバーシ』の件、もう耳に入っておいででしょう?」

 ヒルデガードが、勝利を確信した笑みを浮かべて口火を切った。

 

「うむ。あれには驚いた。巨万の富を生む権利を、一切の対価を求めず差し出すとはな」

 国王ゼノンが頷く。

 

「おかげで国庫は潤ったが……あの公爵家は、よほど金に困っていないのか、あるいは……」

「あるいは、『無欲』なのですわ」

 ヒルデガードは、ヴィオラの行動を「騎士道精神」にも通じる献身として美しく脚色した。

 

「調べさせましたが、令嬢ヴィオラリアは、宝石やドレスにも目もくれず、ただひたすらに魔導の研究に没頭しているそうです。……自らが発明した遊戯が国中で流行しても、それを誇ることもなく、権利を王家に委ねて静かに身を引く。これほどの『謙虚さ』と『慎み』を持つ娘が、今の貴族社会にいるでしょうか?」

 

「ふむ……」

 王妃マルガレーテは扇で口元を隠し、冷ややかな視線を投げた。

 

「ですが、クロムハルト家といえば……『変わり者の技術屋』として有名ではありませんか? 噂では、屋敷中が魔力光で眩しく、当人たちも常に薬品とオゾンの匂いをさせているとか。……『神の子』グラクトの隣に立つには、いささか品位に欠けるのでは?」

 その言葉に、ヒルデガードは待っていましたとばかりに胸を張る。

 

「いいえ、王妃様。それは『汚れ』ではなく、『勤勉さ』の証ですわ。彼女は、魔導という王国の力の源を探求するために、身を粉にしているのです。その姿は、神に仕える修道女のように純粋で、清らかではありませんか」

 ヒルデガードの熱弁に、王妃の表情が少し揺らぐ。

 そこで――落ち着き払った、理知的な声が場に割って入った。

 

「……私も、ヒルデガード様の推挙には一理あると考えます」

 第三側妃ソフィアだ。

 

 彼女は魔導派のトップとして、常に騎士派のヒルデガードと対立している。その彼女が、優雅に紅茶を啜りながら同意を示したことに、王妃は眉を上げた。

 

「ソフィア? 貴女が騎士派の案に賛成するのですか?」

「ええ。ただし、理由は少し違います」

 ソフィアはカップを置き、王妃に向かって、あくまで恭しく、しかし計算高い笑みを向けた。

 

「王妃様。この後宮の秩序を守るためには、何よりも『調和』が必要です。もし、東のオルディナ公爵家や、南の軍閥のような『政治的野心』の強い娘がグラクト殿下の隣に立てば……彼女らは自らの実家を背景に、王妃様の定めた秩序を乱すやもしれません」

 ソフィアは言葉を選びながら、確実にヒルデガードの痛いところを突く。

 

「その点、クロムハルト家は生粋の『技術屋』。彼らは政治にも派閥争いにも興味がありません。ただ、言われたものを作り、王家に貢献することだけを喜びとしています。……つまり、彼女は『透明』なのです」

 

「透明……?」

「はい。王妃様の色を邪魔せず、決して出過ぎた真似をしない。王家の威光に従順に従い、豊かな持参金(技術と金)でグラクト殿下をお支えする。……次期王妃として、これほど『安心』できる相手はおりませんわ」

 それは、ヴィオラを「無害な存在」と定義することで王妃を安心させつつ、暗にヒルデガードに対し、『貴女たち騎士派は、政治的な後ろ盾のある有力な娘を確保できなかったのですね。だからこんな、金と技術だけの田舎娘でお茶を濁すしかありませんのね』という強烈な皮肉を含んだ賛同だった。

 

「……なるほど。野心を持たぬ、透明な娘ね」

 王妃マルガレーテは、ソフィアの論理に深く納得した様子で頷いた。

 

「確かに、小賢しい派閥意識を持ち込まれるよりは、技術一筋の純朴な娘の方が、私も可愛がってやれるかもしれませんね」

「左様でございます、王妃様」

 ソフィアは深く頭を下げた。国王ゼノンも、二人の側妃の意見が一致したことに満足げだ。

 

「うむ。金もあり、技術もあり、そして野心はない。ヒルデガードの推挙と、ソフィアの分析、どちらも理に適っておる。グラクトには、そのような『都合の良い妻』こそが必要だ」

「ありがとうございます、陛下」

 ヒルデガードは一礼したが、その目は、してやったりと微笑むソフィアを油断なく見返していた。

 

 こうして、王家の大人たちの「都合の良い解釈(聖女のような献身)」と「派閥の計算(無害な技術屋)」によって、ヴィオラの運命は決定づけられた。彼女の「ゴミ捨て」は、騎士派には「献身」と映り、魔導派には「安全牌」と映ったのだ。

 

 どちらにせよ、彼女を一人の人間として見ている者は、この「白薔薇のサロン」には誰一人としていなかった。

 

 

 

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