リーガル・レジスタンス 〜ファンタジー世界で立憲国家を求める〜   作:ムササビ・モマ

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第7話『言葉の反転3』

3 工房の勘違い(勅命の受領)

 

【西のクロムハルト公爵領・第三魔導実験室】

 王宮の奥深くで、ヴィオラの運命が勝手に決定されていた、まさにその時。当の西の公爵邸は、相変わらず駆動音と魔力の焦げる匂いに包まれていた。

 

「……同期、完了。排気弁の誤差修正、コンマ以下」

 ヴィオラは、唸りを上げる試作エンジンの前で、魔導液にまみれた前髪を無造作にかき上げた。その碧眼は、恋人を見つめるよりも遥かに熱っぽい視線を、目の前の鉄塊――クリムゾン・コアを心臓部に据えた新型内燃機関に注いでいる。

 

 リバーシの献上によって屋敷には静寂が戻り、借金も一時的とはいえ解消された。研究に没頭できる至福の時間。まさに天国だ。

 そこへ、控えめな咳払いが、エンジンの轟音の隙間を縫って響いた。

 

「……旦那様、お嬢様。お取り込み中、失礼いたします」

 執事が、盆に乗せた一通の書状を恭しく差し出している。その表情はいつになく硬い。

 作業台の奥で図面の山に埋もれていた公爵が、片眼鏡(モノクル)の位置を直しつつ、億劫そうに顔を上げた。

 

「なんだ、今いいところなのだがな……。請求書なら暖炉にくべておけ」

「いいえ、旦那様。王都より早馬です。……陛下より直々の『召喚状(勅命)』でございます」

 その言葉に、公爵の手が止まった。

 彼は魔導液で汚れたままの手で厚手の封筒を受け取ると、ペリペリと封蝋を砕く。中から現れたのは、王家の紋章が入った最高級の羊皮紙だ。

 

「……ふむ。『クロムハルト公爵、及び令嬢ヴィオラリア。次回の謁見の間に参内せよ』か」

 公爵が読み上げた内容に、ヴィオラは露骨に顔をしかめた。手に持っていたスパナを、カランと作業台に置く。

 

「謁見、ですか? ……正直、気が進みませんわ」

 彼女はため息混じりに肩をすくめた。

 

「どうせリバーシの件でしょう? 『よくやった』というお褒めの言葉なら、郵送で十分ですのに。王都までの往復で三日……その時間があれば、燃焼室の再設計ができてしまいます」

「全くだ。王家は技術者の時間単価(コスト)というものを理解しておらん」

 公爵も深く頷き、召喚状を雑に――書き損じの図面の山の上へと放り投げた。まるで、不要な部品を捨てるかのような手つきだ。

 

 だが、羊皮紙が滑り落ちる直前、公爵の動きがピタリと止まった。碧い瞳の奥で、何かが計算された音がした。彼はゆっくりと、ニヤリと口角を吊り上げる。

 

「……待てよ、ヴィオラ。これはチャンスかもしれんぞ」

「チャンス?」

「うむ。我々はリバーシという『金の卵』を、丸ごと献上したのだ。陛下も鬼ではない。わざわざ呼び出したということは、単なる言葉以上の『実利』を用意しているはずだ」

 公爵は、まるで新しい実験のアイデアを思いついた時のように、声を弾ませた。

 

「そう、例えば……『特別研究予算』の増額とか。あるいは、お前が喉から手が出るほど欲しがっていた『王立魔導研究所の最新鋭旋盤』の使用許可とか」

 その言葉は、ヴィオラの脳髄に電流のように走った。

 ガタッ、と椅子が鳴る。彼女は立ち上がっていた。その反応速度は、自慢の兄にも引けを取らない。

 

「行きます。お父様、私、行きますわ!」

 先ほどまでの気だるさはどこへやら。彼女の瞳は、最高出力の魔力炉のように輝き始めている。

 

「陛下に直接プレゼンして、旋盤……いえ、予算をもぎ取ってきます!」

「その意気だ! よし、すぐに準備だ。出発は明日ぞ!」

 二人は薄汚れた作業着のまま、ハイタッチを交わした。

 実験室の空気は一変し、新たなプロジェクトへ向かう熱気に包まれる。だが、その方向性は、王宮が期待する「婚約に向けた顔合わせ」とは、絶望的なまでにズレていた。

 

「お嬢様、ドレスのご用意を! 今年の流行は……」

 慌てて駆け寄ってきた侍女の言葉を、ヴィオラは図面を丸めながら遮った。

 

「去年の社交シーズンに着た青いのがクローゼットにあるはずよ。身長も変わってないし、カビも生えてないなら、あれで十分だわ」

「えっ、で、ですが……」

「顔を洗って、髪をとかせばいいの。どうせ誰も見てないし、今回の目的は『営業』だもの」

 ヴィオラにとってドレスは単なる「正装という機能を持つ布」に過ぎない。彼女が本当に大事そうに抱えたのは、宝石箱ではなく、分厚い円筒形の図面ケースだった。

 

「それよりもお父様、プレゼン資料は?」

「抜かりはない!」

 公爵もまた、重そうな革袋を作業台にドスンと置いた。

 

「新型エンジンの設計図と、リバーシの『改良案(拡張パック)』だ! ただ褒美を待つのではない。我々の技術がいかに有用かをアピールし、来期の予算枠を拡大させるのだ!」

 

「了解です! 私も試作品のパーツを持っていきます!」

 彼らは目を輝かせ、まるで遠足に行く子供のように――あるいは、大口の出資者に会いに行くベンチャー企業の社長たちのように、意気揚々と準備を進めていく。

 

 彼らは、その優れた頭脳の片隅にも疑っていなかった。

 まさか王家が、予算ではなく「結婚指輪(首輪)」を用意して待ち構えているとは。そして、自分たちが「無欲な聖女」などという、身に覚えのない過大評価を受けていることなど、夢にも思わずに。

 馬車は翌朝、西の街道を駆け抜けるだろう。希望と野望(予算)だけを乗せて、王都という名の魔窟へと、全速力で突っ込んでいくのだ。

 

 

 

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