リーガル・レジスタンス 〜ファンタジー世界で立憲国家を求める〜   作:ムササビ・モマ

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第7話『言葉の反転4』

4 噛み合わないお茶会(謁見前の面会)

 

 謁見の間へと続く豪奢な控え室。

 そこには、極上の紅茶の香りと、それ以上に芳しい「勘違い」の香りが満ちていた。

 

 テーブルを囲むのは四名。王家側からは、第一王子グラクトと、その後見人である第一側妃ヒルデガード。公爵側からは、当主ディーゼルと、令嬢ヴィオラ。

 

 王家側にとって、これは「未来の王妃を定める見合いの場」。公爵側にとって、これは「予算獲得プレゼン前の接待」。

 認識のズレは、太陽と月ほど離れていたが、会話は奇妙なほどスムーズに滑り出した。

 

「……ヴィオラ嬢。君が考案した『リバーシ』は素晴らしい。私も騎士団の稽古の合間に楽しませてもらっているよ」

 グラクトが、黄金の瞳を真っ直ぐに向けて口を開いた。彼の声は誠実で、少し緊張を含んでいる。

 

「恐縮です、殿下」

 ヴィオラは教わった通りのカーテシー(礼)をしつつ、内心で冷や汗を流していた。

 

『やばい、話題がない。エンジンの話をしたら引かれるし、予算の話はまだ早い。……ここは当たり障りのない趣味の話で時間を稼ぐしかないわ』

 

「君は、普段はどのように過ごしているんだい? リバーシのような知的遊戯を好むのか、それとも……」

「……そうですね」

 ヴィオラはカップに視線を落とし、言葉を選んだ。

 

『正直に「鉄を削ってます」と言ったらドン引きされるわよね。……オブラートに包もう』

「私は……美しい『回転体』が、静かに、滑らかに回り続ける様を眺めている時が、一番心が安らぎます」

『超高速タービンが、摩擦係数ゼロで回転している状態のことだ。これなら無難な趣味に聞こえるだろう』と、ヴィオラは安堵した。

 

 一瞬の沈黙。

 ヒルデガードが、感嘆のため息をついた。

 

「まあ……。『回転体』……つまり、ダンス(円舞曲)ですわね?」

「へ?」

「社交界の喧騒の中で踊るのではなく、ただその円舞の美しさだけを静かに愛でる……。なんと風流で、詩的な感性でしょう」

 

『あ、そういう解釈? ラッキー、それで通そう』

 ヴィオラは曖昧に微笑んだ。

 

「ええ、まあ、そのようなものです」

 グラクトも深く頷いた。

「円(サークル)か。確かに、調和の取れた動きには無駄がない。……君は、賑やかな場所よりも、静寂を好むようだね」

 

「はい。余計な『摩擦(フリクション)』は好みません。軸がブレていなければ、音(ノイズ)はしないものですから」

『軸受けの精度が高ければ、機械は静かであるという物理の話だ』とヴィオラは思ったが、グラクトの瞳は輝きを増していた。

 

「……素晴らしい。摩擦を生まない生き方。そして、自らの軸(芯)をしっかり持ち、声高に主張することなく静かに在る……。まさに、王族の妻としてあるべき『調和』の精神だ」

『ん? なんか話が精神論になってない? まあいいか、褒められてるっぽいし』と、ヴィオラは首を傾げた。

 

 続いて、グラクトの視線はヴィオラのドレスに向けられた。それは一年前の流行遅れで、装飾も少ないシンプルな青いドレスだ。

 

「……君は、あまり飾り気を好まないようだね。他の令嬢たちは宝石やレースで着飾るが、君の装いはとても……シンプルだ」

 その言葉に、父ディーゼルが『しまった、予算不足がバレる!』と焦って口を挟んだ。

 

「ははは、殿下。お見苦しくて申し訳ありません。娘は常々、『効率』を何より重んじておりますゆえ。過剰な装飾は、本来の機能美を損なうと考えておるのです」

『単に金がないのと、フリルが機械に巻き込まれると危ないという安全管理の話だ』というディーゼルの言い訳は、ヒルデガードの脳内で「至高の賛辞」へと変換された。

『機能美……! つまり、「公務」を遂行するために、無駄な贅沢を排しているということ!』

 ヒルデガードは、扇で口元を隠しながらグラクトに耳打ちした。

 

「殿下、お聞きになりましたか? 『効率』とは、すなわち『質実剛健』。国母となる者が浪費家では国が傾きます。彼女のこの『慎み』こそ、今の王宮に必要なものですわ」

「ああ、その通りだ」

 グラクトは感銘を受けた様子で、ディーゼルに向き直った。王族の品位を叩き込まれてきた彼にとって、彼女の飾らない姿勢は理想的な妃の姿に映ったのだ。

 

「公爵。お嬢様の教育方針には感服した。外見を飾るよりも、内面の『機能(役割)』を磨くことに重きを置いているのだな」

「は、はい! その通りでございます!」

 

『よし! 「機能重視」の姿勢が評価された! これなら新型旋盤の導入意義も伝わるはずだ!』と、ディーゼルは勢いよく頷いた。

「娘はよく言います。『見た目よりも出力(アウトプット)』だと。どれほど美しくても、中身が回らなければ意味がないと!」

「出力……。そうか、家を支え、次代を育む力のことか」

 グラクトは独りごちた。

 

「見た目に惑わされず、実利を取る。……まさに私が求めていたパートナーだ」

『(おっ、感触がいいぞ!)』

 ディーゼルとヴィオラは顔を見合わせた。殿下は『実利』重視だ! これは予算増額、いける!

 グラクトが、穏やかな笑みで最後の確認をした。

 

「では、ヴィオラ嬢。君は、私の隣に立つことになったら……その『効率』と『静寂』をもって、私を支えてくれるだろうか?」

 ヴィオラは即答した。

 

「もちろんです、殿下! 貴方様のために、最高の『成果物(プロダクト)』を提供することをお約束します!」

『リバーシの利益と、新型エンジンの特許料で国を富ませます!』という決意の言葉。

「……ありがとう。君の覚悟、受け取った」

『王位継承者を産み、国を支える覚悟、しかと受け取った!』という満足の笑顔。

 

 場は、完璧な調和に包まれた。全員がニコニコと笑っている。誰一人として、会話のドッジボールが行われていることに気づいていない。

 ヒルデガードは満足げに頷き、立ち上がった。

 

「――素晴らしいお茶会でしたわ。陛下もお待ちです。さあ、参りましょう。……運命の謁見の間へ」

「はい!」

 ヴィオラと公爵は、意気揚々と立ち上がった。彼らの頭の中は、これから始まる「予算獲得プレゼン」への期待でいっぱいだった。

 

 扉が開く。

 その先に待つのが「国庫の鍵」ではなく、「逃れられない婚姻届」だとは、彼らはまだ、知る由もなかった。

 

 

 

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