リーガル・レジスタンス 〜ファンタジー世界で立憲国家を求める〜   作:ムササビ・モマ

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第8話『誤解の謁見1』

1 白薔薇のサロン:売約済みの運命

 

 王宮の奥深くにある「白薔薇のサロン」。

 午後の陽光がステンドグラスを透過し、床に淡い薔薇の影を落としている。

 空気は甘く、しかしその底には、常に権力の均衡を巡る冷たい緊張が張りつめていた。

 

 銀のティーセットが静かに湯気を立てる中、上座には王妃マルガレーテが座り、一切の感情を表に出さぬ氷の微笑みを浮かべている。その右手に第一側妃ヒルデガード、左手に国王ゼノンが控え、第一王子グラクトは王妃の傍らに直立していた。

 沈黙を破ったのは、優雅に扇を開いたヒルデガードだった。彼女は口元を隠しながらも、その声には隠しきれない満足感が滲んでいた。

 

「……陛下、王妃様。先ほどのお茶会での顔合わせ、誠に申し分ございませんでしたわ」

 彼女の脳裏には、すでに明確な算段があった。ゼノビア侯爵家の血統がもたらす武門の矜持と、第一王子の母としての実利。クロムハルト公爵家の技術力は有用だが、娘が無害な「影」としてグラクトの傍らに留まる限り、自身の影響力は揺るがない。

 

「あのように質素で、知の探求にのみ喜びを見出し、王子の言葉を慎み深く受け止める令嬢はおりません。無欲な彼女こそ、グラクト殿下の影として完璧な資質……まさに王家に相応しい、控えめなる伴侶の鑑でございます」

 それは、ルナリアの存在がもたらす影を薄め、息子の周囲を「品位ある無力者」で固めるための、完璧な一手だった。

 グラクトは金色の瞳を細め、母の言葉に即座に同調した。完璧に仕込まれた王族の外面が、その声に自然な響きを与えていた。

 

「僕も彼女が気に入りました。無駄飾りがなく、僕の話を静かに聞いてくれました。あの落ち着いた様子は、確かに王子妃に相応しいものだと存じます」

 

 実際のところ――。

 ヴィオラリア・オルネ・クロムハルトはただ頭の中で魔導機関の設計図を延々と描き続け、グラクトの言葉など一切耳に入っていなかった。

 

 だが、そんな事実はこの場に存在しない。グラクトにとって、静かに頷く少女の姿は「自らの光を敬う無垢なる影」として完璧に映り、王子としての自尊心を心地よく満たしていた。血統の正統性に疑いを持たぬ彼は、相手の本質など検証する必要すら感じていなかったのだ。

 王妃マルガレーテはカップを静かに置いた。氷のような視線が、ヒルデガードとグラクトを行き来する。北のアイギス公爵家が育んだ冷徹な政治家としての理性が、即座に損得を弾き出す。

 

『……悪くないですね』

 王家の品位を維持し、グラクトの正室候補を早期に固定することで、第三側妃ソフィア派の台頭を牽制する。これは安価で、極めて有効な一手だ。

 

「そこまでお二人がおっしゃるなら、この後の謁見の場で一気に婚約を決めてしまいましょう」

 マルガレーテは淡々と告げた。

 

「クロムハルト家は西の技術を握る名門。娘を王家に迎えることで、派閥の均衡も保たれましょう。……無駄な時間を費やす必要はありませんわ」

 国王ゼノンは窓辺の椅子に深く腰を沈めたまま、短く頷いた。言葉は重く、しかし決定的だった。

 

「うむ。王家の品位に相応しければ、それでよい」

 白薔薇のサロンは、再び静寂に包まれた。

 陽光が薔薇の影を揺らす中、四人の貴人たちは、それぞれの立場と血統が定める合理的な計算だけで、ひとりの少女の運命を「売約済み」と断じた。

 

 そこに、少女の本質など微塵も介在する余地はない。

 それは、この人治国家の絶対の鉄則だった。

 

 

 

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