リーガル・レジスタンス 〜ファンタジー世界で立憲国家を求める〜 作:ムササビ・モマ
4 地獄の三人茶会と、置いてきぼりの技術者
王宮の空中庭園に設けられた白亜のテラス席。眼下には美しく区画された王都の街並みが広がり、吹き抜ける風が心地よい。本来であれば、ここは未来の王と公爵令嬢が親睦を深め、優雅な逢瀬を楽しむための完璧な舞台であるはずだった。
だが、ヴィオラにとって、この定期的な会談(デート)は、礼儀作法の特訓とは別のベクトルで精神を摩耗させる地獄の三者面談と化していた。
円テーブルを挟んでヴィオラの対面に座るのは、眩いばかりの金髪と完璧な微笑みを湛えた第一王子、グラクト・アルバ・ローゼンタリア。そして、未来の王と妃候補の甘やかな空間であるはずのこの場において、グラクトの背後には巨岩のような体躯を持つ近衛騎士、セオリス・デイル・ゼノビアが、暑苦しいほどの忠誠心を放ちながら直立不動で控えていた。
グラクトは白磁のティーカップを優雅に置き、王族としての完璧な気品をもってヴィオラに微笑みかけた。
「王宮での生活には慣れたかい、ヴィオラ。王妃様からの学びも多いだろう。最近の調子はどうだい?」
「はい、グラクト殿下。毎日が新しいことの連続で、王家の歴史や――」
ヴィオラが、徹夜で暗記した『無難で品位のある回答』を口にしようとした、まさにその瞬間だった。
「殿下!!」
セオリスが一歩前に踏み出し、テラスの空気を震わせるような大音声で割り込んだ。ヴィオラの言葉など、小鳥の囀りほどにも認識していない強引さだった。
「本日の修練場での殿下の剣捌き、まさに獅子奮迅! 踏み込みの鋭さ、太刀筋の美しさ、どれをとっても歴代の王に勝るとも劣らぬ見事な武威でございました! このセオリス、感動のあまり魂が震え上がりましたぞ!!」
ヴィオラは口を半開きにしたまま、瞬きを繰り返した。公爵令嬢の発言を平然と遮るという、貴族社会においてあり得ない非礼。しかし、セオリスの瞳には純粋な狂信しかなく、悪気すら存在しない。彼にとってこの世界には「グラクトの偉大さ」しか映っていないのだ。
そして、さらにヴィオラを絶望させたのは、グラクトの反応だった。
未来の王は、自身の妃候補が会話を遮られたことへのフォローをするでもなく、ぱぁっと顔を輝かせてセオリスの方へ身を乗り出した。
「そうだろう、セオリス! 僕も今日の太刀筋は冴え渡っていると感じていたんだ。特に、あの三合目の切り返しの時の重心の移動……ゼノビア侯爵が体現する武門の型を、完璧に模倣できたと思うのだが、どうだろうか!?」
「流石は殿下!! 仰る通り、あの重心移動こそ我がゼノビア家の奥義に通ずるもの! ああ、殿下の剣術の才はまさに天賦の……!」
そこから先は、ヴィオラにとって完全に未知の言語だった。
踏み込みの角度、筋肉の躍動、騎士道精神の体現。二人の男たちは、周囲の景色すら見えなくなるほどの熱量で、「剣術・騎士道トーク」という名の密室空間を構築し始めた。
第一側妃ヒルデガードが、なぜこの男をグラクトの側近に据えたのか。ヴィオラには痛いほど理解できた。グラクトは、自らを全肯定し、盲目的な称賛を浴びせ続けるセオリスという存在に、精神的に完全に依存しているのだ。王家という重圧の中で、彼の自尊心を満たしてくれる唯一の酸素。それがこの異常な主従関係の正体だった。
『……私、ここにいる意味ある?』
二人が熱いキャッチボールを交わしている横で、ヴィオラは完全に蚊帳の外に置かれていた。彼女は、冷めかけた紅茶を音を立てずにすすり、虚ろな目で宙を見つめた。
『王妃様は私を「緩衝材」だって言ってたけど、これじゃ緩衝する隙間すらない。完璧に出来上がった男子校の部室に、間違えて配置された観葉植物なんだけど。……空気の清浄化機能すら果たせてないわよ、これ』
極端な武門偏重の空間。論理的な対話など介入する余地のない、感情と熱狂だけの閉鎖回路。これが、この国の未来の頂点に立つ男たちの姿だった。
『……帰りたい。設計図面、引きたいなぁ……。歯車の噛み合わせを計算している方が、この人たちの人間関係より、よっぽど合理的で美しいよ……』
華やかな王宮のテラス席で、ヴィオラは一人ポツンと、機能不全を起こした王国の中枢システムを眺めながら、ただ静かに精神のメモリをすり減らしていた。