リーガル・レジスタンス 〜ファンタジー世界で立憲国家を求める〜   作:ムササビ・モマ

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第10話『逆算の解法1』

1 仮面の解除:離宮の素顔

 

 王宮の重苦しい廊下を抜け、人目を忍ぶようにして辿り着いた離宮。

 その重厚なオーク材の扉が背後で静かに閉まった瞬間、ヴィオラの目の前で、信じがたい光景が繰り広げられた。

 

「お母様! お兄様! ヴィオラ様をお連れしました!」

 先ほどまで、冷徹なまでの理知と完璧な王女としての気品を纏い、ヴィオラに王宮の現実を突きつけていた第一王女リーゼロッテ。その彼女が、声のトーンを弾ませ、年相応の無邪気な笑顔を浮かべてサロンの奥へと駆けていったのだ。

 

 その背中には、王宮特有の息の詰まるような緊張感も、隙を見せまいとする防御の姿勢も一切ない。

 

『えっ……!? 嘘、さっきまでの冷たいリーゼ様と全然違う……! 王宮の重圧が、ここには一切ない……!?』

 ヴィオラは目を丸くし、立ち尽くした。

 王妃マルガレーテの執務室で感じた、人間をパーツとしてしか見ない絶対零度の空間。教育係から叩き込まれた、無駄を強要する非効率な礼儀作法。グラクトとセオリスが作り出す、他者を排除した狂信的な密室。

 

 それらすべてが、この扉一枚を隔てただけで、まるで嘘のように消え去っていた。暖炉には火が爆ぜ、部屋全体が柔らかな光と温もりに満ちている。ここは、血統と品位という名の人治システムが機能停止する、完全なる安全地帯だった。

 

「リーゼ、おかえり。……よく来てくれたね、ヴィオラリア嬢」

 サロンの奥、書棚の影から静かに姿を現したのは、一人の少年だった。

 

 漆黒の髪に、王国の基準では「影」とされる赤い瞳。しかし、その佇まいは不吉さとは無縁の、静謐な知性を湛えていた。ローゼンタリア王国第二王子、リュート・セシル・ローゼンタリア。

 

「リーゼがいつも君の話をしているよ。王宮の空気に当てられて、随分と疲弊しているようだけれど……まずは座って、息を整えるといい」

 

『この人が、第二王子……。あの王妃様が異物としてシステムから隔離した、帝国の至宝の息子……』

 ヴィオラは、リュートの穏やかな、しかし全てを見透かすような赤い瞳に見つめられ、小さく息を呑んだ。彼が放つのは、グラクトのような無自覚な傲慢さでも、王妃のような冷酷な圧力でもない。ただ純粋に、事象を客観的に観察し、理解しようとする『知の波長』だった。

 

「……失礼、いたします。リュート殿下」

 ヴィオラは、まだ抜けきらない王宮の作法でぎこちなく一礼した。だが、彼女の強張った肩から、少しずつ、確実に緊張が解け始めていくのを、彼女自身が一番強く感じていた。ここは、理不尽なエラーを強要されない、正常に機能する空間なのだと、彼女の直感が告げていた。

 

 

 

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